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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百三十一話「二冊目『わたしは地球人』(その1)」 蛸怪獣ガイロス 恐竜 地球原人ノンマルト 登場 トリステイン王立図書館にあった六冊の『古き本』に精神力を奪われ、目覚めなくなって しまったルイズ。才人はルイズを救うために、司書リーヴルの力を借りて本の世界の攻略を 始める。そして一冊目の『甦れ!ウルトラマン』を激闘の末に、完結に導くことに成功したが、 残念ながらルイズに変化は見られなかった。 それから一夜明け、才人は二冊目の攻略に臨む。 「……シエスタ、ルイズの様子はどうかな」 ルイズを寝かせている図書館の控え室で、才人は昨日からルイズの看護に加わったシエスタに、 ルイズの容態を尋ねた。が、シエスタは残念そうに首を振った。 「昨日から、同じままです。悪くなる気配もなければ、目を覚ます気配もありません」 「そうか……。やっぱり、残る本の世界を完結させて、ルイズの精神力を取り戻す以外に 方法はないってことか」 つぶやいた才人が依然変わらぬルイズの寝顔に目を落とし、改めて誓った。 「ルイズ、待っててくれ。必ず、お前を本の世界から助け出してやるからな」 それから待機済みのリーヴルの方に振り返る。彼女は才人に告げる。 「こちらの準備は完了してます。次に入る本をお選び下さい」 テーブルに並べられている五冊の『古き本』。才人はそれらを手に取りながら、心の中で ゼロと相談する。 『ゼロ、次はどの本にする? 結局は、全部に入らなきゃいけないんだろうけど……』 『……次は、その左端の奴にしてくれ』 ゼロが指示した本を手に取る才人。 『これか? この本は……ウルトラセブンが主役……!』 『次は親父の物語を完結させたい。やってくれるよな?』 『ああ、もちろんだ』 相談が終わり、才人は手に取った本をリーヴルに差し出した。 「次はこいつにするよ」 「お決まりですね。では、そこに立って下さい」 これから二冊目の本の旅に出ようとする才人に、シエスタたち仲間が応援の言葉を向けた。 「サイトさん、どうかお気をつけて!」 「俺がいなくとも、しっかりやんな! 油断すんなよ!」 「がんばってなのねー!」 「パムー!」 ただ一人、タバサだけは目だけをリーヴルに向け、一挙手一投足を観察していた。彼女は 昨日のミラーたちとの話し合いの通り、行動に不審なところの多いリーヴルを、密かに監視 しているのだった。 だが今のところ、リーヴルに怪しいところは見られなかった。 「では、どうぞ良い旅を……」 昨日と同じようにリーヴルが才人に魔法を掛け、才人は本の中に入っていった……。 ‐わたしは地球人- 中国奥地の砂漠地帯。断崖絶壁と、その崖に彫り込まれた巨大な仏像に囲まれた地に、 中国軍の一部隊が到着した。彼らはこの地の地下に発見された、謎の遺跡の調査にやって 来たのだ。 地下に潜った部隊を迎えたのは、仏のような壁画や石像で構成された遺跡。だがこのような 遺跡は、ありえないはずだ。何故なら、 『殷の文明より古い……』 『この地層から言うと、一万五千年以上前……』 『そんな古い時代に……考えられない……』 一万五千年前というと、仏教伝来どころか稲作すら始まっていない。そのような時代に こんな高度な遺跡が築かれていたということを、こうして実際に目にしなければ誰が信じる だろうか。 兵士たちが呆気にとられていると、突然の地震が発生し、遺跡の天井から礫岩がこぼれ落ちてきた。 身の危険を感じた兵士たちは後ずさると、震動によって遺跡の壁の一部が崩れて穴が開いた。遺跡が その奥に続いているのだ。 調査隊はその穴を潜っていくと……そこは部屋のようになっており、内部には恐竜型の 怪物が刻まれた石板と、謎の紋様が刻まれた棺らしきものだけが置いてあった。 これら出土品――オーパーツは、ウルトラ警備隊が護送することが、地球防衛軍上層部により 決定された。 1999年。三十年余りもの時を隔てて、地球防衛軍は、その有り様を全く変えてしまった。 カジ参謀の主導する、かつてのR1号計画を拡張した、地球への侵略者になり得る宇宙人の 生息する星に先制攻撃を仕掛けて破壊することを目的とした「フレンドシップ計画」を掲げ、 宇宙に対して牙を剥くようになったのだ。計画反対派のフルハシ参謀が死去してからは、 その傾向は強まる一方。 ――ウルトラセブンは、かつての地球が外宇宙からの侵略者の脅威に晒され、滅亡の危機に あったがために、無力だが美しい心を持つ地球人に代わって侵略者と戦っていた。だが今の 地球は、強大な力を背景に他の星を脅迫している。少しでも間違えれば、地球の方が侵略者に なってしまうような状況になっていた。……今の地球を守護することが、宇宙正義足りえるのか…… 心に迷いを抱えながらも、セブンはそれを振り切るように怪獣、宇宙人と戦い続けていた。 そんな中での、オーパーツとはいえ単なる出土品を護送し、防衛軍のトップシークレット 「オメガファイル」として封印するという不可解な任務。訝しむセブン=カザモリの周囲には 謎の女が出没し、「オメガファイルを暴き、地球人の真実を確かめろ」と囁く。女に導かれる ようにオメガファイルに接近したカザモリだが、カジ参謀に発見され、拘束された末にウルトラ 警備隊の任から外されてしまった。 頑なに隠されるオメガファイルの正体とは何なのか……。それが封印されている防衛軍の 秘密施設に、怪獣が迫り出した。 「ギャアアオウ!」 秘密施設に最も近い海岸から上陸し、まっすぐ施設に向かっているのは、八本の足と身体中に 吸盤を持った怪獣。頭頂部にある二つの眼が黄色く爛々と光る。蛸怪獣ガイロスである。 また陸を横切るガイロスの近くの土中から土煙が勢いよく噴出し、また別の怪獣が地表を 突き破って出現した。 「グイイィィィィィ!」 体長こそガイロスと同等であるが、見た目はずばり恐竜そのもの。これはメトロン星人が 二度目の地球侵略をたくらんだ際に、恐竜を生体改造して怪獣化したものである。 「ギャアアオウ!」 「グイイィィィィィ!」 ガイロスと恐竜。この二体の怪獣が森の中を練り歩いていく様を、カザモリと『サトミ』が 見上げた。 「例のオーパーツが運び込まれた施設のある方向に向かってるわ! これって偶然なのかしら……?」 「……」 カザモリは懐に入れているウルトラアイに手を添えたが、側には『サトミ』がいる。彼女の前で 変身することは出来ない。 そうでなくとも、今セブンに変身して戦うことが出来るのか……自分がどうすべきか決めかねる ところがあった。 (偶然ではない。あの怪獣たちは、確実にオーパーツに引き寄せられている。だが何故怪獣が 古代遺跡の出土品を狙う? 防衛軍がひた隠しにすることと言い、あれは何だというのだ……) 考え込んでいると、『サトミ』が不意に大きな声を発した。 「あッ! ウルトラセブンだわ!」 「えッ!?」 そんな馬鹿な、とカザモリが顔を上げた。 その視線の先、ガイロスと恐竜の進行先に、青と赤の巨人――ウルトラマンゼロが巨大化して 現れた。怪獣たちは驚いて一瞬足を止める。 「セェアッ!」 ゼロは登場直後に前に飛び出し、ガイロスと恐竜に全身でぶつかっていく。ゼロを警戒していた 怪獣二体も、ゼロの行動を受けて腕を振り上げ迎え撃つ。 怪獣たちと戦闘を開始したゼロを見上げ、『サトミ』は怪訝に目を細めた。 「……いえ、セブンじゃない。別の巨人だわ! どことなく似てるけど……」 「……」 カザモリもまた、ゼロを見つめて神妙な顔つきになる。 「シャアッ!」 一方のゼロは二体の怪獣の間に割り込み、巧みな宇宙空手の技で数のハンデを物ともせずに 善戦していた。触手を振り回すガイロスの胴体の中心に掌底を打ち込んで突き飛ばし、その隙に 恐竜の首を抱え込んでひねり投げる。 「ギャアアオウ!」 「グイイィィィィィ!」 ガイロスも恐竜も必死にゼロに抗戦するが、この二体は肉弾しか攻撃手段がなく、特別破壊力に 優れている訳でもない。そんな怪獣は、二体がかりでも宇宙空手の達人のゼロの敵ではないのだった。 「ハァッ!」 怪獣両方に打撃を連発して弱らせたところで、ゼロはとどめの攻撃に移る。 まずはゼロスラッガーを投擲し、ガイロスの六本の触手を根本から切断。 「ギャアアオウ……!!」 腕となる部分を失ったガイロスは仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。 「セアッ!」 ゼロは振り返りざまに、恐竜にエメリウムスラッシュを撃ち込んだ。 「グイイィィィィィ!」 恐竜はレーザー攻撃で爆破炎上を起こし、ガイロスと同じく絶命したのだった。 「シェアッ!」 あっという間に怪獣たちを撃破したゼロは、流れ星のような速さで空に飛び上がってこの場から 去っていった。それを見届けた『サトミ』がポツリとつぶやく。 「行ってしまったわ……。あの巨人は何者だったのかしら? やっぱり、セブンと同じように この地球の守護者なのかしら」 一方のカザモリ=セブンは、突如として現れた怪獣のことを気に掛けていた。 (これで終わりだとは思えない。オーパーツへまっすぐ向かう怪獣たちの行動……それに、 奴らは一度私と戦い、倒されたものたちだ。それがどうして復活したのか……。しかも片方は、 あのノンマルトと関係があった怪獣のはずだ。……もしそうならば、私の周りに現れたあの 女性は、まさか……) それから――ゼロのことも、次のように考えた。 (……あの戦士は、M78星雲人なのか? 何者なんだ……) ガイロスと恐竜を倒し、森の中で変身を解除した才人は、ゼロに話しかけた。 「この本の世界には、一冊目のウルトラマンみたいに、セブンしかウルトラ戦士がいないみたいだな」 ウルトラセブンは、今となっては初代ウルトラマンと同じM78星雲人であるということが 周知の事実となっているが、地球に姿を現したばかりの頃は、ウルトラマンとは大分異なる 容姿であったために同種族だとは思われていなかった。この世界は、その当時の説を採用した ような、地球を守る戦士がウルトラセブンのみという歴史で成り立っているようだ。地球の 防衛隊も、セブンとともに活躍していたウルトラ警備隊が現在に至るまで存続しているという 設定のようである。 「……でも、一冊目とは違って何だか重苦しい雰囲気の世界だな……」 才人はそのことを考え、眉間に皺を寄せた。一冊目の科学特捜隊は、ハヤタがスランプに 陥っていた以外は終始明るく和やかな雰囲気であったが、この世界の地球防衛軍は正反対に ひどくきな臭い様子である。「フレンドシップ」とは名ばかりの、行き過ぎた地球防衛政策を 推し進め、またそれが何なのかは知らないが、ある事象を頑なに隠そうとし、非人道的な手段に まで手を染めている。人間の負の面が前面に出てしまっているような世界だ。おまけに、主人公 カザモリの周りには怪しい女の姿が見え隠れしている。こんな物語を無事に完結に導くのは、 一冊目よりもずっと困難かもしれない。 『ああ、そうだな……』 そんな才人の呼びかけに、ゼロはどこか気のない返事で応じた。 彼は、「自分の父親ではない」ウルトラセブンのことを考えていたのであった。 怪獣たちが倒された後、カザモリは『サトミ』に連れられて北海道に向かった。そこには、 ヴァルキューレ星人事件の際に殉職したフルハシの墓があるのだ。 カザモリ……ダンは、フルハシの墓に向かって、今の自分の抱える悩みを吐露したのだった。 「私があなたと出会った時代、地球人は今のような強い力を持っていなかった。もっと美しい 心を持っていた! 地球人は変わってしまったのか……それとも……」 「いいえ。地球人は変わっていないわ、ウルトラセブン」 ダンの前に、またしても例の女が現れた。女はダンに、今の地球人の姿こそが地球人の 本性であること、自分たちは今「地球人」を名乗る者たちに追いやられた地球の先住民で あることを訴えた。その証拠は、防衛軍が隠している例のオーパーツ……。 女がそこまで語ったところで、ウルトラ警備隊が現場に駆けつけた。カザモリが一度拘束 された際に調べられた脳波から、現在のカザモリはダンが姿を借りている姿、つまり宇宙人で あることが発覚してしまったのだ。そしてウルトラ警備隊は、カジ参謀の命令で、カザモリを 拿捕するためにやって来たのだ……。 「動かないで!」 墓地でカザモリは、『サトミ』――一冊目のフジと同じようにその役になり切っている ルイズに、ウルトラガンを突きつけられた。 「カザモリ君が、異星人だったなんて……」 カザモリの背後からはシマとミズノも現れ、カザモリは退路を塞がれる。 「いつから……いつからカザモリ君に入れ替わったの!?」 「待ってくれ! 君は誤解している!」 「近づかないで!」 ルイズに歩み寄っていくカザモリを、ルイズは恫喝した。 「これ以上近づくと、撃つわ。脅しじゃないわ!」 ルイズの指が、ウルトラガンの引き金に掛けられる――。 その時に、才人が林の中から飛び出して、カザモリの盾となった! 「やめろッ!」 「!? あ、あなた誰!?」 突然のことに動揺するルイズたち。それはカザモリも同じだった。 才人はその隙を突いて、ゼロアイ・ガンモードの光弾でルイズたちの手に持つウルトラガンを 弾き落とした。 「きゃッ!」 「な、何をするんだ!」 「テメェ、侵略者の仲間か!?」 血気に逸ったシマが才人に殴りかかっていくが、才人の素早い当て身を腹にもらって返り討ちに された。 「うごッ……!?」 「この人に、手出しはさせないッ!」 才人の鬼気迫る叫びに、ルイズとミズノは思わずひるんだ。 ルイズたちが立ちすくんでいる間に、才人はカザモリの手を取って引っ張っていく。 「さぁ、こっちに!」 「あッ! き、君!」 ウルトラ警備隊からカザモリを連れて逃げる才人。追ってくる彼らをまいたところで、 カザモリは才人と向き合った。 「君は……怪獣と戦った、あの戦士なのか?」 「……」 「どうして僕を助けたんだ?」 カザモリの問いに、『才人』は答えた。 「理由は、「あなた」には分かりませんよ……」 「……?」 今の『才人』は――ゼロであった。カザモリ=セブンの危機に、才人と交代して助けたのだ。 だが自分が、あなたの息子である、ということは話すことが出来なかった。何故ならば、 この本の世界ではセブンに『ウルトラマンゼロ』という息子がいるという『設定』はないからだ。 「ともかく、助けてくれたことはありがとう。でも……僕は行かなくちゃ」 カザモリが踵を返して、ウルトラ警備隊のところに戻ろうとするのを呼び止めるゼロ。 「待って下さい! 駄目です、危険ですッ!」 「いや、このまま逃げ続けることは、自分が侵略者だと言ってるようなものだ。僕は自分の潔白を、 この身を以て証明しなければ」 と言うカザモリを、ゼロは説得しようとする。 「潔白を証明したとしても……あなたがウルトラセブンだということが知られても! オメガファイルに 近づいたというだけで、今の防衛軍はあなたを殺すかもしれないんですよッ!」 「……!」 その言葉には、カザモリも流石に足を止めたが……。 「……僕は、自分が守ってきた地球人を、信じる……!」 そう言い残して、再び歩み去っていった。ゼロも、今の言葉を聞いてしまっては、これ以上 カザモリを止めることは出来なかった。 「……」 取り残されたゼロの背後に、例の女がどこからともなく出現した。 「お前は何者だ。何故我々の邪魔をする」 振り返ったゼロは、女に言い返した。 「それはこっちの台詞だ。あんたこそ何者だ? どうしてあの人を、オメガファイルに近づけようと するんだ。怪獣を操ってたのはあんたか? だとしたら、怪獣を使ってまで暴こうとするオメガファイルの 正体は、何だ!」 問い返された女は、ゼロに端的に回答した。 「我々は、真の地球人。一万年以上も前に、今地球人を名乗る者たちによって追放された。 オメガファイルの中身は、その証拠だ」 「!! ノンマルト……!」 ノンマルト。それは1968年、一時地球防衛軍を騒然とさせた謎の集団が名乗った名前である。 海底に居を構え、人間の海底開発の全面中止を訴えて地上を攻撃してきたのだが……彼らは、 元々地球に栄えていた種族は自分たちであり、今の地球人は後からやって来て自分たちに成り 代わった種族だと主張したのである。 その言葉が真実であったか否かは、本来のM78ワールドの歴史では、ノンマルトが二度と 姿を現すことがなかった故に不明のままで終わった。しかしこの世界では……それが『真実』 として取り扱われているのかもしれない。 「このことが白日の下に晒されれば、今の地球人はこの星を出ていかなければならなくなる。 それ故に、防衛軍はあの棺をオメガファイルとして封印しているのだ」 女――目の前にいるノンマルトもまた、そのように主張した。そしてそれは筋が通っている。 ノンマルトの語ることが全て真実ならば、今の人間は全て、この地球に暮らす権利を全宇宙文明 から認められなくなるのだ。 「……」 ゼロは一切の言葉をなくす。するとノンマルトは畳みかけるように告げた。 「お前が何者かは知らないが、軽率な行動は慎むべきだ。たとえ誰であろうと、侵略者に 加担したならば、お前もまた全宇宙から罪人として扱われ、居場所を失うのだ」 そう言い残して女はいずこかへと去っていく。ゼロはその場に立ち尽くしたまま。 才人は彼に呼びかけた。 『……とんでもない物語の中に来ちまったな。俺たち、これからどうしたらいいと思う? ゼロ……』 「……」 ゼロは才人の問いかけに、無言のまま何も返さなかった……。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第六十話 決着の必殺剣 サイボーグ獣人 ウルフファイヤー 異形進化怪獣 エボリュウ 超異形進化怪獣 ゾンボーグ 登場! 日付が変わり、なおも続く夜の帳に包まれたラ・ロシュールの街。 すみきった空気の冬の寒空に、わずかばかりの雲と銀河が映える晴天の日。見上げれば、三日月となった青い月が どんな画家でも再現できない美しい星空をかざり、無数の星座がまたたいて、数万光年先からはるばるやってきた光を、 旅路の終点となった星の大地に降り注がせている。 宇宙は生きている……あの何億何兆という星々には数え切れないほどの生命が息づき、このハルケギニアという 世界にも劣らない様々なドラマをつむぎたてているのだろう。 しかし、そうした生命のドラマの中には喜劇もあれば悲劇もある。今、この星の運命は悲劇に向かって見えない坂を 転がり落ちつつあった。 夜明けまでにはまだ遠く、人々は深く眠りについて目覚めない時間。家の中で幸せな夢の世界に身を落とす人々の眠る、 そのわずか壁ひとつはさんだ路上で、月光を怪しく反射した剣が幾重ものきらめきを見せていた。 「せゃぁぁぁっ!」 気合とともに上段から振り下ろされた鋼鉄の剣が、夜の街を徘徊して人を襲っていた狼人の体に深い傷を入れ、 ついで背後から突き出された剣が胸を刺し貫いてとどめを刺す。燃える炎のようなたてがみを振り乱した狼人は、 そのいかつい体躯からは不似合いな子犬みたいな悲鳴をあげて、そのまま溶けて消滅した。 「はぁ、はぁ……これで四体目か、てこずらせてくれて」 肩で息をしながら、一人の銃士隊員が剣を杖にしてつぶやいた。数十分前に突如ラ・ロシュールの各地に出現した、 正体不明の獣人たち。それを討伐するために、非常時に備えて待機していた銃士隊は出動した。 「四番隊から八番隊まではただちに全員出動! 一番隊、二番隊、三番隊は王族と教皇聖下の宿泊する施設の まわりを固めろ、急げ!」 敵出現の報を聞いたときのアニエスの反応は早かった。歴戦の戦士の血が働き、その場でもっとも有益と思われる 命令を自然と口からつむぎださせる。即座に敵の排除を考えながら、陽動作戦の可能性も考慮して最重要防衛対象の 守りも緩めない。 仮本部の宿にアニエスと予備兵力の一隊だけを残し、即座に街中に散った隊員たちは、二人一組、技量の足りない者は 三人一組になって捜索を開始した。敵の詳しい戦力が不明な以上、単独での行動は危険きわまる。その点、二人以上なら 互いをサポートし合えるし、万一の場合に助けを呼んだり逃げ延びたりする場合でも生存率が高まる。 「私の隊から、もう一人たりとて犬死は出させん」 以前ツルク星人戦で、はじめて銃士隊は殉職者を出した。あれ以来、隊は戦力の向上はもちろん生還率の向上に 大きく力を入れてきた。相手が人間だけならともかく、常識が通用しない怪物との遭遇戦がこれからも続くならば、 どんな状況にも対応できるようにしておかなくては、なにもできないまま殺されてしまうことになる。あのとき、星人の 刃にかかって惨殺された仲間の無念の死に顔は、アニエスの心に消えずに残っていた。 出動した隊員たちと、炎のような体を持つ狼、ウルフファイヤーと名づけられた獣人との戦闘は同時発生的に複数個所で 始まった。街の各所に出現したウルフファイヤーは、身長およそ二メイル。全身は筋肉質で、頭部や鳴き声は狼に非常に 酷似している。ハルケギニア固有の亜人であるコボルドに似ているが、体躯や死亡時の消滅の仕方から別種から判断された。 「そっちに行ったぞ! 逃がすな」 「リムル! 左から回り込め!」 「ひっ! こ、ここから先にはいかせないわよ」 新人は先輩に支えられて、勇気を振り絞って敵に挑みかかっていく。銃を使えば眠っている街の人間を起こして しまうので、剣だけの勝負だ。黄緑色の髪の小柄な隊員の振り下ろした剣と、腕力にものをいわせてつかみかかってくる ウルフファイヤーが真っ向からぶつかる。しかし新人はウルフファイヤーの力に負けて剣を取り落としてしまった。 すかさず掴みかかってくるウルフファイヤー、そこに先輩の激が飛んだ。 「ひるむな! 投げ飛ばせ」 「は、はぃっ!」 考えるより先に体が動き、体を縮めて攻撃をかわすと、相手の体の下にもぐりこんで首筋の毛をつかんだ。 そのまま相手の突進する力を利用して、一気に投げをうつ。 「てぃやぁーっ!」 相手もまさか自分の半分の体格もない相手に投げられるとは思ってなかったのか、背中から受け身もとれずに 石畳に叩きつけられる。そこへ別の隊員が剣を突き立ててとどめを刺した。 「よくやったぞリムル、初陣にしては上出来だ」 「は、はい。ありがとうございます」 「腰を抜かしてる暇はないぞ。次だ、立て」 個々の力が劣るのをチームプレーでカバーしつつ、銃士隊はウルフファイヤーを駆逐するために走る。 市民に知れてパニックが起きる前に事態を収拾するため、出動しているのは銃士隊だけではない。上空からは 魔法衛士隊もグリフォンやドラゴンで監視しつつ地上の部隊に指示を送る。 また、正規の部隊とは別個に戦っている者たちもいた。才人たち一行である。彼らは今夜も銃士隊の宿に泊まって いたが、事件が起きたことを知るやすぐに参戦することをアニエスに告げ、ミシェルがサポートとしてつけられた。 なお、ルクシャナは戦力としては惜しいものの、街中で先住魔法を使われたら大変なので、宿でティファニアを 守ってもらっている。 けれども、意気込みとは裏腹に、正規の銃士隊員より力の劣る才人は苦戦を余儀なくされていた。 「くっそ、この野郎! ガンダールヴじゃなくなったって、なめんな!」 「相棒、右だ! 飛んでかわせ。次は後ろに跳べ、顔をひっかかれてえか!」 獰猛なうなり声とともに攻撃してくるウルフファイヤーの攻撃を、デルフリンガーのサポートを受けながら才人は どうにかさばいていた。こういうとき、普段一言多くても六千年間剣だったデルフリンガーの経験は非常に頼りになる。 「落ち着け相棒。こいつは見かけはいかついが、そこまで強いってわけじゃねえ。自分の力を信じろ、敵を観察するんだ」 「ああっ!」 自信のあるデルフリンガーの言葉に気持ちを落ち着かせた才人は、徐々に体に染み付いた動きを思い出していった。 ルーンのあったころに比べたら天と地の差だけれども、自分の力で戦えているということは才人に純粋な自信を 与えていく。それに、デルフリンガーの言うとおり、ウルフファイヤーは怪力だけども、パワーもスピードも人間の 力で抗しきれないというレベルではなかった。 思い返してみたら、ズタボロにされたアニエスとの決闘に比べたら何ほどのことも無い。 「相棒、身をかがめろ! やつは図体がでかいんだ、足元を狙え!」 デルフリンガーの指示を受けた才人が、ウルフファイヤーのすねを切りつけて動きを鈍らせた。ウルフファイヤーは 悲鳴を上げて才人を捕まえようとしたが、すでに才人はすばしっこく逃げ出していた。 「バーカ、捕まってたまるかよ」 一撃離脱、本職の剣士に腕力も技量もかなわない才人のとりえはすばしっこさだ。だてにルイズの世話で日夜学院を 駆け回っていない。そして、動きの止まったそこへ、ルイズの魔法が炸裂する。 「エクスプロージョン!」 ダイナマイトを投げつけたような爆発で、ウルフファイヤーは煙の晴れたときには跡形もなく消えてしまっていた。 「やった!」 一匹を撃破し、才人が指を鳴らして喜ぶ。ルイズは威力の調節が実戦でも役立ちはじめていることに、まんざらでもないようだ。 そこへ、剣ではなく杖を持ったミシェルが口笛を吹きながら来た。 「以前にも増して、すごい威力だな。任せておけと豪語するだけのことはあるか」 「あら、おほめにあずかり光栄ですわ。まあ、この程度の怪物なんか、一発で充分よ」 「確かに、単純な破壊力だけだったら、並のメイジ三、四人ぶんくらいには匹敵するかもしれんな。失敗魔法にしておくのが惜しいくらいだ」 ミシェルはルイズの魔法が虚無だということは知らない。ルイズが詠唱するときも、サイレントの魔法で音が外に 漏れないようにしてくれていたために、呪文は聞いていないのだ。虚無に関われば余計なトラブルに巻き込まれ かねないのは、もう嫌というほど味わった。いつか話すときが来るかもしれなくても、それを一分一秒でも長くしたいと いうのが才人の本音だった。 ただ、才人の考えとルイズの思惑は違う。場合が場合だが、ウルフファイヤーを一撃で仕留めたエクスプロージョンの 威力にミシェルは舌を巻いている。気分がよくなったのも合わさって、ルイズは、ライバルに差をつける絶好の機会を 最大限に活かそうと、得意げに髪をかきあげた。 「ふふん、このわたしを誰だと思ってるの? 天下のラ・ヴァリエール家の三女、ルイズさまよ。そんじょそこらのメイジと いっしょにしないでもらいたいわ」 尊大というにはかわいすぎる顔で、ない胸を精一杯そらしてルイズは偉ぶった。才人は、ああまたルイズのすぐ 調子に乗る悪いくせが出たと思うが、口には出さない。昨日帰ってきてから最悪だったルイズの機嫌がようやく 直ったのに、わざわざ鎮火した山火事にタバコを投げることはなかった。 ”しっかし、我ながらよくもまあ殺されずにすんだもんだ” 実際、ミシェルとデートを決意したときは、よくて半殺しを覚悟していただけに、こうして両の足で立っている自分が いまいち信じられなかった。それが機嫌が悪い程度で済んでいるのは、才人とミシェルが教皇のパレード中に見た、 あの男の影が皮肉にも幸いしていた。 ”ワルド……あいつがこんなところにいるわけがない。だが、万一やつだったとしたら、いったいなにを企んでいるんだ?” 見間違いの可能性をどうしても捨てきれず、思い切って帰ってアニエスと、それからルイズにも相談した。もちろん、 当初ルイズは烈火のごとく怒ったが、ワルドがこの街に来ている可能性を聞くといくぶんか冷静さを取り戻した。 「ワルドが? そう……」 それ以上は言わなかったものの、ルイズもまだワルドに対して複雑な思いが残っているのは確かなようだ。 それもルイズがもっとも敬愛するアンリエッタの花の舞台に現れるとは、見過ごしておけるわけもないだろう。 おかげで才人は飛び蹴りからの逆エビ固めだけで、奇跡的に無事にすんでいた。 もっとも、何事も無くデートが継続していたらどうなっていたか。それを思うと、少々惜しい気持ちもしなくはない。 アニエスもワルドの目撃情報に、表情をひきしめて警戒態勢を強めるように命じた。トリステインにいたら処刑が 疑いようも無いワルドが危険を冒して、わざわざこの街に今来るとしたら、自分たちへの復讐にほかなるまい。 今回、銃士隊が異例の速度で鎮圧に乗り出せたのも、こういう事態を想定していたからであった。 しかし、まだ楽観視することはできない。狼の声はなおも街中から響いてきている上に、襲撃の目的がはっきりしない。 「なあ二人とも、やっぱりこの騒動はワルドの仕業だと思うか?」 回想を打ち切る才人の言葉に、ふんぞり返っていたルイズと、いいかげんうんざりし始めていたミシェルはともに考え込んだ。 「そうね。あなたたちが見たっていうのがワルドだったら、関わってる可能性は充分あると思うわ。でも、仮にも 魔法衛士隊の隊長をつとめた人間にしては、怪物を放つだけなんて大雑把にすぎる気もするわ」 「私もミス・ヴァリエールに同意見だ。それに、ワルドが一人でこんな真似をしでかしたとも考えがたい。聖堂騎士に 潜り込んでいたとして、レコン・キスタやリッシュモンのように、奴を利用している黒幕がいるのかもしれん」 二人とも説得力は充分だった。ワルドのやり口は、有力な権力者の後ろ盾を得ることで、その力を利用して 事をすすめるのが常套だった。今回もそのパターンとすれば、ワルドに手を貸している者は誰か? トリステインと アルビオンの結束が妨害されて得をする者がいるのか……? いくつか候補者が頭をよぎるが、確証を持てる 者は存在せず、響いてくる狼の遠吠えが長考を許さなかった。 「ちっ! ともかく敵の出方がわからん以上は、場当たり的だがこいつらを駆逐していくしかないか……二人とも、 私から離れるなよ」 ミシェルも昨日の昼間に見せた弱弱しい表情は消え、才人とルイズを戦士として見る冷徹な目になっている。 敵はいったいこの街で何を企んでいるのか、わからなくても街の人を傷つけるわけにはいかない。 それにしても、なぜ夜中のこの時間を選んだのか……? 昼間だったらパニックが起こり、軍が総動員されても 収集のつけられない事態になっていたものを……読めない敵の目論見が、いつまでも頭に染み付いて離れない。 銃士隊と各魔法衛士隊の活躍で、犠牲者が出る前に、出現したウルフファイヤーは次々と撃退されていった。 しかしどこからともなく出現してくるウルフファイヤーに対抗するために、現れる度に彼らは大急ぎで移動を余儀なくされていく。 そんな、血眼で街中を駆けまわる騎士たちを見下ろして、冷ややかな笑いを浮かべている目があった。 「ふふふ……そうです。そうしてがんばって走り回りなさい。始祖も、献身と努力は尊いことだとおっしゃられています。 きっとあなた方には祝福が与えられることでしょう」 「くっくく、その祝福の内容を知ったら、彼らは恐れおののくでしょうに。怖いお人だ」 「そういうあなたも、昔とは大きく変わっているでしょうに。それより、彼は準備のほうはよろしいのですか?」 「ええ、もう用意が完了する頃でしょう。そしてこれが成功すれば、我々は精強なる神の兵団を十万人は 揃えることができます、楽しみですね……」 薄ら笑いを浮かべる二人の人間が誰であるのか、この時点でそれに気づいている者は誰もいない。 そして、死闘が続く街の様子を見下ろしている目がもう一対あった。 ラ・ロシュールの街のシンボルである、世界樹の枯れ木。その超高層ビルにも匹敵する威容のたもとで、 眼下に見える街の、時折ちらつく魔法のものと思われる光を見下ろす冷たい瞳。長身の、痩せてはいるが 歴戦の戦士のものと主張する雰囲気を残す……しかし、同時に壊れかけのマリオネットのような、そんな 疲れた空気を漂わせる男、ワルドがそこにいた。 「やっているな、ご苦労なことだ。俺一人を自由に動かすために、ここまでお膳立てしてくれるとは、さすが懐が広い」 せせら笑うワルドの顔には、その言葉の十分の一ほども感謝の意思はのぞいていなかった。彼にこの仕事を 依頼した人間は、貧民街でこじき同然の生活をしていたワルドに、普通なら考えられないような厚待遇を与えてくれた。 金も女も望むだけ用意され、今回にいたっては非公式ながら聖堂騎士団の一員としての権限まで与えられた。 しかしそのどれも、ワルドの信用を得るにはいたらなかった。 「欲で人間を虜にして思うままに動く僕に変える。人間の闇の部分に精通してきた奴ららしいやり口だ。どうせ俺も、 用済みになったら始末されるのが関の山だろう。だがもはや俺に残された道はない。聖地に近づくためならば、 死神の笛の音だろうと、あわせて下手なダンスでもなんでもしてくれる」 自分がもはや道化に過ぎないことをワルドは理解していた。しかし、たとえ道化だろうとこのまま何もできずに 朽ち果てていくよりはいい。 暗い笑みを浮かべたワルドは、そのまま世界樹の中に足を踏み入れた。この時間はとうに職員もおらず、警備のための わずかな兵士がいるだけである。しかも街の騒ぎが拡大しないように、こちらには様子が伝えられていなかったので 警戒も薄かった。 眠そうな顔をしている兵士はおよそ十数人、世界樹の内部空洞の各階に陣取っているが、ワルドが聖堂騎士の かっこうをしているために警戒する様子が無い。そんな彼らを一瞥したワルドは、無表情のままで呪文を唱えた。 『スリープ・クラウド』 半密閉空間の世界樹の内部は催眠ガスが充満するには好都合だった。異変に気づくまもなく彼らはバタバタと 倒れていき、ワルドは寝息しか聞こえなくなった空間でゆうゆうと階段を上っていき、一隻の船が係留された桟橋に出た。 「この船か」 中型の、なんの変哲も無い貨物船にワルドは乗船した。出迎えの人間はおらず、船内に足を踏み入れると、 あらかじめ聞いていたとおり、この船の外見がカモフラージュであることがわかった。船内には人影はなく、それどころか 人間がここにいたという生活臭すらない幽霊船状態。ただし風石だけは満載され、メイジが一人いれば動かせるように セットされていた。 そして船倉に爆薬とともに配置されていた巨大な金属製の筒を発見すると、ワルドは不敵に笑ってブリッジに向かった。 『エボリュウ細胞』 かつて異世界で異形進化怪獣を生み出した宇宙細胞の一種で、他の生物の細胞と容易に結合して、その肉体を 格段に強化させる性質がある。ただし、変質した細胞は電気エネルギーを吸収し続けないと死滅してしまい、末期には 元の生物の影も形も無いモンスターと化させてしまう。 ワルドが発見したのは、このエボリュウ細胞が満載されたロケットだったのだ。かつて異世界で悪用されかけ、 その危険性から異次元に処分されたそれが、内容物はそのままにここにあった理由……これからやろうとしているそれを 思い返すと、さしものワルドも身震いした。 「俺を怪物に変えたこの薬品を、船に乗せて街の上からばらまくとは、あのお方はえげつないことを考える。銃士隊の 小娘どもも魔法衛士隊も、街の騒ぎに気をとられて港にはまったく目が向いていない。とてもじゃないが、俺なんかの 及びのつくところじゃあない」 そう、すべてはこの恐るべき計画のための伏線だったのだ。現在ラ・ロシュールは、前回のゾンバイユ事件の反省から 上空をあらゆる船舶の飛行が禁止されている。もしも今、どんな小型船であっても強引に所定航路を逸脱するものがあったら、 有無をいわさず即座に撃沈させられるだろう。街を襲ったウルフファイヤーの群れは、すべて港から警戒の目をそらせるための 囮であった。 「大方陽動であることは気づいていようが、守っているのはアンリエッタばかりだろう。しかし、狙われるならば王族という その思い込みが貴様らの命取りだ。俺と同じ苦しみを味わえ、ふっははは!」 失った左腕がうずくたびに憎悪が湧き出し、暗い衝動から来る笑いがワルドを突き動かした。無人の船内にけたたましい声が こだまし、ワルドは風のメイジの操作で動かすことが可能なブリッジへと向かっていく。 その背後で、いるはずのない人影がきびすを返し、船を飛び降りていくことがあったのに彼は気がついていない。 一方で、街中でのウルフファイヤーの掃討作戦は順調に進んでいた。 商店街に出現した一体が、幕をかけて道に置かれていた屋台を蹴倒して逃げていく。その後方からは銃士隊二人が 追跡するが、狼らしい俊敏さのおかげで追いつけない。ところが、正面から別の銃士隊員が回りこんで逃げ道をふさいだ。 「ここから先は行き止まりだ。観念するがいい!」 追いついてきた隊員も加えて、四人の銃士隊員に包囲されてはどうしようもなかった。反撃する間も無く、あっというまに 四方から切り裂かれて消滅する。しかし、この入り組んだ街中でどうして完璧に先回りができたのか? それは彼女たちの 頭上に答えがあった。 「お見事でした。さすが高名な銃士隊の皆さんです。思わず見とれてしまいました!」 「そちらこそ、うまい誘導だったぞ。タイミングが絶妙だった。よく見ていたな」 十メイルほどでホバリングするドラゴンに乗った、やや少年のおもむきを残す金髪の若い竜騎士と一人の銃士隊員が 笑みを交し合った。街中で下手に強力な魔法やドラゴンのブレスを使うわけにはいかない以上、戦闘の主役は銃士隊が ならざるを得なかった。ただし、飛行可能な幻獣が偵察に非常に有効なのは誰でも思いつくことだ。彼らが見つけて 彼女たちが叩く、その連携でもはやウルフファイヤーはほとんど敵ではなくなっていた。 「さあ次だ。朝になる前にさっさと殲滅してしまうぞ!」 「はい! それじゃあの……この戦いが終わったら、いっしょにお茶していただく約束……」 「心配するな! 忘れちゃいないさ。ほら気合入れなよ、男なら言葉より仕事っぷりで口説いてみな」 軽口を叩く余裕もすでにある。はて、この若い少年騎士は彼女の眼鏡にかなうことができるのだろうか? 勇名を上げていく 銃士隊は門地を重んじる貴族たちの間でも人気を上げつつあるが、当然生半可な男は身の程を思い知らされるのが常だった。 だが、勝利へと近づいている余裕の影で、彼ら全員の注意が地上に集中してしまっていた。本来竜騎士隊が警戒しなくては いけない上空はおざなりにされ、港の異変に気づいている者は一切いない。 それは当然サイトたち三人についても同様だった。ウルフファイヤーの撃退に夢中になって、陽動の可能性を忘れかけている。 いかに彼らといえども全能ではなく、千里眼を持っているわけでもない。発見できる敵をほぼ撃破し、いったん宿に帰ると、 アニエスが伝令になにやらを伝えて送り出しているところだった。 「ミシェル、戻ったか。お前たちのほうはどうだった?」 「はっ、西の住宅街に出現した敵は発見したものはすべて撃破しました。現在グリフォン隊の半個小隊が予備警戒に 当たっていますが、完全に殲滅したものと考えて間違いは無いかと」 「そうかご苦労、小休止して待機しておけ」 二人ともこの時点では上官と部下以外の何者でもなかった。変わり身の早さ……いいや、必要なときにはこうして公私を きちんと使い分けられるのが大人というものなのだろう。ルイズは母の厳格な態度が、こうした職務の中で磨き上げられて いったのだろうと、うっすらと感じていた。 耳を澄ますと、最初はどの方向からも聞こえていた狼の遠吠えがほとんど消えていた。恐らくはほかの部隊も戦いを ほぼ終えているのだろう。急増トリオの自分たちでさえほとんど無傷なのだから、銃士隊の皆もきっとみんな無事でいるはずだ。 宿のロビーは仮本部となっていて、才人、ルイズ、ミシェルは眠気覚ましにもらった濃い茶のコップをそれぞれ手にしていた。 「サイト、これでもう終わりなのかしら? なにか、あんまりにもあっけなさすぎる気がするんだけど」 「そーいわれてもな、あんな趣味の悪いヒゲ男の考えなんておれにわかるわけねーだろ。おれはもうこれで終わってほしいよ」 休息をとって冷静さを取り戻したルイズと違って、昨日のことで疲れている才人の答えは投げやりだった。それでカチンと きたルイズは、ブーツの上から思いっきり才人の足を踏みつけた。 「いでーっ! なっ、なにすんだよルイズ!」 「あんたはやる気を出すタイミングを間違ってるのよ。お母さまだったら、朝が来るまで絶対安心しないわよ」 才人は「くっ」と思ったが、ルイズのほうが正論なので文句もいえない。ミシェルに助け舟を求めても、ルイズがもっともだと 逆に叱られてしまった。昨日と違って仕事モードのミシェルは甘くない、才人は観念してコップの茶を飲み干すと、頬を 張って大きな音を立てた。 「目が覚めたか、本当にお前は気合が入っているときとないときの差が大きいな。もっと鍛えたほうがいいぞ」 「ほんのちょっと前までそこらの平民Aだった人間に無茶言わないでくださいよ……あ、アニエスねえさ、いやアニエスさん」 「うむ、疲れているところすまんな。だが、各部隊から入った報告によると、もううろついている奴は見当たらないそうだ。 人家が襲われた形跡もないし、夫妻の宿も無事だ。どうやら、敵も在庫切れらしいな」 すると、街にはほとんど被害なしでウルフファイヤーは全滅させられたようだ。続いて増援が送られてくる気配も無いし、 今夜の騒動はこれで終わりなのだろうか? ルイズの言うとおりに、どうもあっさりとしすぎている気もするが、もしかして 王族夫妻を狙うつもりが、警戒厳重すぎて断念したとか? ワルドは逃げ上手だからその可能性もありえる。だとしたら、 いいかげんゆっくり寝られるか……才人は再び睡魔に身を任せようとした、そのときだった。 「だまされるな、敵はまだなにもあきらめていない」 突然ロビーに男性の声が響いた。 「誰だ!」 瞬時にアニエスら銃士隊は剣に手をかけて臨戦態勢をとり、才人とルイズも背を向け合って剣と杖を構える。 しかしロビーには彼女たち以外の気配は感じられず、アニエスは先手をとって叫んだ。 「何者だ! 姿を現せ」 「すまないが、こちらにも事情があってね。今君たちの前に姿を現すわけにはいかないんだ。そんなことよりも、 敵は今すぐにでも行動を起こすつもりだぞ」 「敵だと!? くそっ! もっとわかるように言え」 アニエスの感覚をもってしても、相手がどこからしゃべっているのかはわからなかった。しかし、敵にしろ味方にしろ、 言っていることの意味がわからなくては文字通り話にならない。 「この街に出現した怪物はすべて囮だ。敵が狙っているのは、この街の人間すべてだ。恐るべきやつらだ、空を見てみろ、 答えはそこにある」 「待て! お前は何者だ。どうして正体を明かさない!」 「俺は単なる風来坊さ。訳あって、まだ君たちに姿を明かすことはできない。だがいずれどこかで、出会うときも来るだろう」 「待て!」 それ以上は、呼べど叫べど返事はなかった。銃士隊のほとんどは呆然としており、才人とルイズもどうしたら いいのかと混乱して動けない。なにせ急に姿も見せずに話しかけてきて、ほぼ一方的に用件だけ告げて消えたのだ、 怪しさは百二十パーセントであり、当然誰もまともに信じようとはしていない。 ところがそのとき、才人とルイズの魂の中にいるもう一人の声が二人の心に話しかけてきた。 〔才人くん、ルイズくん、すぐに外を見るんだ〕 〔北斗さん! いやでも、あれも敵の策略だったら〕 〔それはない。説明している時間はない、とにかく言うとおりにするんだ!〕 〔っ? はい!〕 わけがわからなかったが、北斗星司・ウルトラマンAの言葉に偽りがあるわけがない。 「サイト、外よ!」 「ああ!」 はじかれるように二人は宿の外に飛び出した。その後ろからアニエスの「待て」という声が追いかけてくるが、二人は かまわずドアの蝶番に悲鳴を上げさせて、街路から夜空を見上げる。目に飛び込んできたのは、何頭かのドラゴンや グリフォンの飛ぶ姿。そして、その上空に星々を背にして無音で飛ぶ一隻の空中船の不気味な船影。 「アニエスさん、あれを見てください!」 「なに? 馬鹿な、現在この街の上空は飛行禁止命令が出ているはず……そうかしまった! あれが敵の本命か」 「まずいな。あと数分もせずに街の中心部に到達するぞ。空中の魔法騎士は全部低空に降りている。もしあれに 爆薬でも満載されていたら!」 ミシェルの推測は当たりではないが、ほぼ核心をついていた。敵のこれみよがしな攻撃は、陽動だと思っていたが、 まさかこんな方法で狙ってくるとは計算外だった。しかし今からでは魔法衛士隊に連絡を取っていては遅すぎる。 それにほとんどの住民が就寝しているこの時間では避難させることもできない。 「くそっ! こっちの対策の裏をかかれた。どうする! どうすればいい」 地上の敵ならメイジだろうが亜人だろうがなんとかする自信はあるが、相手が空の上ではどうしようもない。 なにか方法はないか? アニエスは考え付く可能性を高速で検証した。竜騎士を呼ぶ時間はなく、港まで走るのは 論外、あそこまで届く武器はない。せめてあと五分猶予があれば対策も打てたものを……自らの視野の狭さを悔いたが 時間を逆行させることはできない。 空中を悠然と飛ぶ船が街の中央部にまで到達するまでには、せいぜいあと一分。 才人とルイズも顔を見合わせる。だめだ、変身しようにもここにはアニエスたちがいる。それにあの船に積まれているのが 仮に爆薬か毒薬の類だったとしたら、うかつにメタリウム光線で打ち落とすわけにもいかない。 そのときだった。ルイズは突然胸を突く衝動にさらされて、肌身離さず持ち続けている始祖の祈祷書を取り出した。 見ると手の中の水のルビーも淡く輝き始めている。その衝動に突き動かされるまま、ページをめくっていくと、あるページが 白紙から光るルーン文字の浮き出た一節に変わっていた。 「この呪文は……始祖ブリミル、わかったわ!」 祈祷書とルビーがその呪文の効力を教えてくれる。ルイズは杖を取り出し、迷わずに呪文を詠唱し始めた。 「ルイズ!? その呪文は」 才人やアニエスたちが怪訝な表情をしているが、説明している時間もない。今このピンチを切り抜けられるのは この魔法の効力を発動させるしかないのだ。 はじめて唱えるはずなのに、まるで喉の奥から呼吸するように自然に呪文が湧き出してくる。そして呪文が完成したとき、 ルイズは空を見上げて大きく叫んだ。 「いくわよ。わたしたちをあの船まで運んで、虚無の魔法……『瞬間移動(テレポート)』!」 刹那、ルイズたち四人の姿は宿の前から掻き消えていた。 そのころ、ワルドは貨物船の船倉で今まさに作戦の最終段階にかかろうとしていた。 「さて、あとはこの導火線に着火すれば、十数秒後にはこの船は木っ端微塵。人間を怪物化させる薬が、ラ・ロシュールの 町全体に降り注ぐことになる」 その前に、あらかじめ渡されていた風石の仕込まれた指輪で自分は船から脱出すればいい。元はエルフの作った ものだというアイテムは、瞬時に安全なところにまで運んでくれるはずだ。 ほくそ笑みながら、ワルドは導火線に『着火』の魔法で火をつけようとした。だが、そのときだった。 「わーっ!?」 突然、何の前触れも無く船倉内に才人、ルイズ、アニエス、ミシェルの四人が出現してきたのだ。 「お、お前たち!」 「ワ、ワルド!」 どちら側も出会い頭のことでまともに反応することができずに固まった。それはそうだ、こんな事態は想定できているほうが 常識的にどうかしている。だが、中でも一番早く事態の原因を悟った才人が、その張本人に向かって言った。 「ルイズ、お前の魔法か!?」 「ええ、虚無の魔法『瞬間移動』、時間を要さずに任意の場所に転移できる呪文よ……」 精神力を浪費した後遺症からか、疲れた様子でルイズは答えた。また、アニエスらもその言葉である程度現状を 理解し、ワルドも驚愕したように叫んだ。 「き、虚無の魔法だと?」 「ええ、ただ今のわたしの力じゃそう遠くまでは跳べないし、さすがにこの人数を同時に跳ばすのはきつかったわ。 というわけで、あなたたち後はよろしくね」 ため息をついて、ルイズは役目を果たした祈祷書を懐にしまいこんだ。そして、今度こそ完全に状況を飲み込んだ 才人たちは、遠慮なく剣を鞘から引き抜いた。 「さすが伝説は伊達じゃねえな。ようし、後はまかせてゆっくり休んでろ」 「虚無、伝説、よくわからんがすごい魔法が発動したのだけは確かなようだな。後でいろいろ聞きたいが、とりあえず 今はやるべきことがある」 「ええ、ワルド……今日こそ決着をつけてやる!」 才人、アニエス、ミシェルの三人の剣が船倉の薄暗い明かりのなかで鈍い銀色の輝きを放つ。 三重の殺気を食らわされて、ワルドもようやく正気に返った。 「おのれ、まさかもうそこまで虚無を自在に操れるようになっていたとは。仕方ない、一足先にここを貴様らの墓場にしてくれるわ!」 逃げられないことを悟って開き直ったワルドが叫ぶ。腐ってもスクウェアクラスのメイジ、その自信は根拠が無いわけではない。 先んじて呪文の詠唱を始めた。 「ユビキタス・デル……」 「させるか!」 偏在の呪文を唱えようとしたワルドに高速でアニエスが突進した。自らの分身を作り出す風のスクウェアスペル『偏在』は、 成功させれば一気に戦力が数倍に跳ね上がる。なんとしても使わせるわけにはいかない。アニエスの剣はとっさに身を かわしたワルドの前に空を切ったが、連続攻撃で詠唱を続ける呼吸を許さない。 「ちっ、こざかしい真似を!」 「我ら銃士隊がメイジ殺しと呼ばれている訳を忘れるな。『偏在』は上級スペルらしく詠唱が長めだから、完成する前に 切り込めばつぶせる」 「それに、私たちは一人じゃあない!」 横合いから突っ込んだミシェルの攻撃が、ワルドの衣のすそを切り裂いて布の切れ端を舞わせる。ワルドの見切りが コンマ一秒でも遅れていたらわき腹を切り裂かれていただろう。冷や汗を流しつつ、ワルドは自分に向けられている 強烈な執念を感じた。 「き、貴様ら、二対一とは卑怯だぞ」 「どの口がそんなことを言うんだ。人にものを言う前に我が身を振り返れ!」 偏在は自分自身だから百歩譲って正々堂々といえる。しかし、積み重ねてきた悪行を棚に上げていっぱしの騎士を 気取るのは許せない。返す言葉を失ったワルドは、偏在を使うのをあきらめて通常攻撃に切り替えた。 「この、平民の騎士ごっこが!」 怒りとともに詠唱を邪魔することもできないくらい短い『エア・ハンマー』の魔法が唱えられる。空気の弾丸の目標は ミシェルだ。剣だけでなく、魔法を使えるミシェルを先に狙うのはワルドの中に残った戦士の本能と呼べるものだった。 しかし、それを見越していた才人が空気の弾丸の前に立ちふさがって、デルフリンガーで魔法を吸収してしまった。 「無駄だ。下手な魔法はこいつにゃ通用しねえぜ」 「うひょー相棒! 俺の真の使い道を覚えててくれてありがとよ。なに、今日はラッキーデイってやつか」 「き、貴様ガンダールヴ!」 「あいにく今はちげえよ。だが、言ったろ。おれたちは一人じゃねえってな」 才人の身には大いなる自信が宿っていた。確かに一対一では誰もワルドには勝てないが、弱い力も束ねれば 悪に対抗することができる。アニエスは二人の戦友に、決着をつけるときが来たと告げた。 「やるぞ、ミシェル、サイト」 うなづいた二人はアニエスの前に立って身構えた。見守っていたルイズは、この構えは、と、記憶の片隅を掘り返す。 ワルドはただならぬ気配を悟って、背筋に冷たいものを覚えた。 ばかな、この俺がこんな女子供を恐れているというのか! 理性では否定するが、本能が激しく危険を警告してくる。ワルドは知らないのだ、この構えはアニエス、ミシェル、 才人の三人が命をかけて完成させた奥義であり、かつてトリスタニアを覆ったツルク星人の恐怖を払った、三人の絆の はじまりともなった必殺技。 「うぉぉーっ!」 才人を先頭に、三人の突進がはじまった。なんとか迎え撃とうとするワルドは必死で対抗手段を模索する。通常の 魔法ではデルフリンガーに吸収される。手持ちの魔法、それもすぐに使えるものでなんとかなるものはないか? まばたきする間ほどに考えたワルドは杖に魔力を込めて鋭い剣に変えた。 『ブレイド』 魔力を放出せずに杖に込めるこれならば、あの剣に吸収されて無効化されることはない。それに相手は素人に 毛が生えた程度のアマチュアだ。 渾身の力を込めてデルフリンガーを振り下ろしてくる才人の斬撃を、ワルドは手馴れた動作ではじき返した。しかし、 才人の後ろからすぐさまミシェルの第二撃が襲ってくる。避けられない! ワルドはこれもはじこうと試みたが、 デルフリンガーとの激突でわずかなりとて魔力を吸われて切れ味が鈍っていた『ブレイド』ではミシェルの剣を 受け止めきれない。 「なぁっ!?」 杖がワルドの手から弾き飛ばされて宙を舞う。そして、完全に無防備になったワルドの心臓へと、アニエスの剣が 一直線に吸い込まれていった。 「ぐぁぁぁーっ!」 絶叫と共に、串刺しにされたワルドの体がアニエスの突進の勢いのままに背後のロケットに叩きつけられる。 ワルドの体を貫通した鉄剣はロケットの外装をも打ち抜いて、磔にするとようやく止まった。アニエスは、深くロケットに 食い込んだ剣を手放して、後ろによろめくとミシェルに受け止められた。 「姉さん」 「大丈夫だ。それよりも、二人とも見事な先導だったぞ」 今の一撃は、まぎれもなく全身全霊の一撃だったのだろう。その緊張感が解けたことによる、一時的な疲労感だ。 しかしこれで、長きに渡ったワルドとの因縁も、終わるときが来た。 「ば、かな……この俺が、こんな連中に」 吐血し、苦しげなつぶやきがワルドの口から漏れた。アニエスは、ふっと息を吐くと死に体のワルドに向かって吐き捨てる。 「三段戦法……今の攻撃は文字通り、我ら三人の三位一体の切り札だ。いくら強くても、貴様のように誰も信じずに 利用することしか思いつかない男には、決して破れはしない」 「知ったふうなことを……ぐっ、ぐぁぁっ!」 そのとき、苦しんでいたワルドの体が強烈なスパークに包まれ始めた。とっさに飛びのいたアニエスたちは、前回戦った 忌まわしい記憶を蘇らせた。 「これは、あのときの!」 ワルドの肉体と同化したエボリュウ細胞が暴走を始めていた。たちまちのうちに、ワルドの姿が人間の形を失って、 異形進化怪獣エボリュウへと変わっていく。しかもそれだけではない。ロケットに開いた亀裂から緑色の光が漏れ出して、 ワルドの体に吸い込まれていっている。 「ワルド! まずい、脱出するぞ」 過剰なエボリュウ細胞の流入で、ワルドの肉体には想定不能な変貌が現れていた。エボリュウは肉体変化を起こしながら 巨大化していき、コントロールを失った空中船は墜落していく。アニエスは船からの脱出を試みようとしたが、船倉は崩れ、 大量の瓦礫が降り注いできた。 つぶされる! アニエスとミシェルは思わず目を瞑った。しかし死を目前にした二人を包み込むように、まばゆい光が 闇を押し上げて現れる。 「ウルトラ・タッチ!」 闇夜に生まれる太陽がひとつ、冥府の門を砕いて飛び上がる。アニエスとミシェルはその暖かな輝きの中で 守られていると感じた。こんなにまばゆく力強いのに、少しも熱くもまぶしくもないのはなぜだろう? いや、この光の 暖かさは覚えがある。アニエスの心に遠い日に父に抱かれていた子供の日が蘇り、ミシェルはあの雨の日に 冷え切った体に人としてのぬくもりを取り戻させてくれた、思い人の優しさに満ちた体温を思い出した。 「サイト……お前、なのか……?」 根拠などいらない。ただ心に感じたままをミシェルは口にした。そして、目を開いたとき、そこには夜空を背に浮かび、 手のひらに優しく自分たちを乗せた銀の巨人の姿があったのだ。 「ウルトラマンA……」 ラ・ロシュールの郊外に降り立ったエースは、地面に二人を降ろした。 そのとき、空中船も街からやや離れた無人の荒野に墜落した。満載されていた爆薬に引火し、紅蓮の炎が高く 天を突いて伸び上がる。その地獄の門のような火焔から現れたのは、エボリュウよりもさらに巨大かつ凶悪に変貌した、 超異形進化怪獣のおぞましい姿であった。 「ワルド……とうとう、そこまで」 アニエスは憐憫さえ混じった声でつぶやいた。エボリュウ細胞の取り込みすぎで、もはや完全に理性を失った 怪獣となってしまったワルドは、雄たけびを上げながら街に向かってくる。憎悪に燃えているように見える様は、 人間だったころに持っていた復讐心のなごりか。 だが、罪無き人々を犠牲にするわけにはいかない。 「ヘヤァッ!」 ウルトラマンAは、街の前に守護神のように立ち、最悪の超異形進化怪獣ゾンボーグと成り果ててしまったワルドを迎え撃った。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百五十九話「破滅降臨」 破滅魔虫ドビシ 破滅魔虫カイザードビシ 登場 ガリア王国の首都リュティスは、聖戦の開始以来ずっと、大混乱の坩堝に陥っていた。 街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、 それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、 連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で 終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。 王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への 嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が 捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。 つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり 続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への 忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。 常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の 一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、 自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。 ハルケギニア一の大国、ガリア王国をほんの一週間でこれほどの惨状に変えた張本人である ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、 運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の 品である。 当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。 「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。 お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。 それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも 事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」 ジョゼフはため息を吐いた。 「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に 泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。 もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」 そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。 「父上!」 顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。 王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。 「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという 話ではありませぬか!」 「それがどうした?」 ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。 「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ! ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」 「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」 冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。 ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、 嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の 愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。 だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。 「父上……どうかお考え直し下さいッ!」 彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。 「何?」 「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、 この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」 その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは 分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。 「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」 「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを 省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが…… その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」 胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの パッチがあった。 「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、 誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ! どうか父上、お考え直しを……!」 イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。 「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」 「ち、父上?」 「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」 ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。 「父上、では……!」 だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。 「え……?」 「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と 思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に なるかもしれんぞ」 イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。 「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。 だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」 ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。 イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と ともに、この寝室から飛び出していった。 次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。 「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。 カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」 「そうか」 「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」 「それには及ばぬ」 ジョゼフは首を振った。 「どうしてですか?」 「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を 抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。 羨ましいことだ」 最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。 昨晩の事件によって、ロマリア軍はリネン川を渡り、がら空きとなった対岸へと歩を進めた。 しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要 だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため ロマリア軍も忙殺されているのだ。 しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を 再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、 さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。 そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて いるのを目撃した。 「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」 「おうッ!」 傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。 視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。 「サイト……あんた何やってんの?」 「その声、ルイズか?」 才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。 「特訓さ」 「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」 「いや、それが必要なんだよ」 とゼロは証言する。 「目隠しが必要?」 「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪 今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」 「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな ことを……。昨晩に何かあったの?」 と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。 喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの 手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに 王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。 そんなことはさせられない。 だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。 「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる こと間違いなしの」 「ああそうだ。念には念を入れてな」 「そうなんだ……」 ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。 それ以上追及はしなかった。 「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」 当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は ふぅと息をつく。 「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。 姫さまは明日には来てくれるかな……」 「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」 と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に 乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。 戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。 その日の夜……才人から王への即位を止められていたタバサだったが、シルフィードと ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。 タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し 緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。 才人は一番に、こう言った。 「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」 「……え?」 「ほら、タバサが王さまになるって奴」 「それが?」 「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」 昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。 「ロマリアに説得されたの?」 「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり…… これが一番だと思う」 そう才人は語る。 「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。 そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。 だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」 と説得する才人に、タバサは……。 「……誰?」 「え?」 「あなたは、誰?」 疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。 「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」 顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。 「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」 アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。 それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って いたタバサには分かるのだ。 「そ、それは、俺にも事情が……」 もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。 「ゼロの声を聞かせて」 その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・ マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。 みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も 使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。 ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが 燃えていた。 「しまったなぁ……。失敗してしまったか」 才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した ジュリオはやれやれと頭を振っていた。 「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み 違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」 うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。 「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。 幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」 と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。 翌日、タバサはロマリアに聞かれることを承知で、昨夜のことを才人とルイズに知らせた。 どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。 「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」 スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを 思い出した。 「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……! 油断も隙もねぇ……!」 「ほんとなのね!」 「パムー!」 才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。 「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」 「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」 ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。 「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」 タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。 「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」 「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」 才人がウキウキしながら言った。 「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」 「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が 上手く行くのを祈るばかり……」 とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら 暗くなった。 「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」 そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。 「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」 見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。 ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。 『あれは雲じゃねぇッ!』 「え?」 『あれは……怪獣の群れだッ!』 「!?」 ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長 六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。 「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」 才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも 満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ! しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を 変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた! 「グギャアーッ! グギャアーッ!」 虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという! カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを 自ずと察した。 「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」 ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第51話 始祖降臨 根源破滅天使 ゾグ(幻影) 超空間波動怪獣 クインメザード 未来怪獣 アラドス 登場! 根源的破滅招来体の僕がトリスタニアに張り巡らせた超空間は、ハルケギニアの人間の力では解析も破壊も不可能な代物であった。 だが、破滅招来体と同格の科学力を持つ者であれば話は別だ。 別の次元の地球を破滅招来体が襲ったとき、その地球の人間は地球の怪獣たちの力も借りて破滅招来体の侵略を防ぎきった。 しかし、人類にとってまったく未知の領域からの攻撃を仕掛けてくる破滅招来体との戦いは決して楽なものではなく、防衛組織XIGはその度に綿密な研究解析を行い、対抗する技術を蓄えてきた。 すなわち、今ハルケギニアで猛威を振るっている破滅招来体の手口も、彼らからしてみれば一度見たものだということだ。 超空間を張って幻影を投射してくる敵。我夢はそいつに覚えがあった。破滅招来体らしい、人の心に付け入ってくる卑劣な作戦は、何度も送り込まれてきた波動生命体の最後の奴が使っていたものだ。 当然、対処方法はわかっている。破滅招来体は、この世界では対応策を打たれることはないと高をくくっていたのだろうが、その慢心が命取りだ。 ファイターEXから放たれた一発の特殊ミサイルが超空間に突き刺さる。我夢はこの世界に渡るに当たって、できる限りの準備をしてきた。戦いは油断したほうが負けるということを知るといい。 ミサイルの効果で超空間が破壊され、女性の悲鳴のような叫びが轟いた。超空間を作っていたものが空間を維持できなくなってもだえているのだ。 超空間の崩壊とともに、天使の姿も実体を維持できなくなって崩壊を始めた。画質の劣化した映像のように巨体の輪郭が乱れ、ついには出現したときと同じ金色の粒子になって崩壊してしまったのだ。 天使の消滅にロマリアの兵たちから「ああっ、天使さまが!?」という悲鳴が次々にあがる。それはまさに、トリステインの最終防衛ラインが破られる寸前の出来事であった。 さらに、天使の消えた場所に、入れ替わるようにして怪獣が現れた。いびつに組み上げられた骨格のような胴体に、トカゲの骸骨のような頭部を持ち、腹には人間の顔のような紋様を持つ醜悪な姿。超空間波動怪獣クインメザード、こいつが超空間を作り出して、天使の幻影を投影していたのだ。 だが、ファイターEXの放ったミサイルで超空間は破壊され、クインメザードは現実空間へといぶりだされた。人々の間からそのグロテスクな姿に悲鳴が上がり、特にロマリア側は大混乱だ。 しかし今がチャンスだ! ウルトラマンコスモスは、経緯はわからないが、あの戦闘機が味方で、怪獣の超能力を破ってくれたのたと理解した。 今はそれで十分。誰かは知らないが、ありがとうとコスモスは心の中で礼を言うと、赤い光をまとい、戦いをつかさどる次なる姿へと転身を遂げた。 『ウルトラマンコスモス・コロナモード』 邪悪を粉砕する、太陽の輝きのごとき戦いの巨人の姿。コスモスはクインメザードに対して、共存が不可能な邪悪な知性を感じていた。かつて倒した怪獣兵器スコーピスと同じく、意思はあってもそのすべてが悪意で埋め尽くされているような負の生命体、そう生まれたのではなくそう作られたもの、倒す以外に道はない。 クインメザードは超空間から引きずり出され、特殊ミサイルの影響で女性の悲鳴のような叫びを上げて苦しみながらも、触手から電撃を放ってコスモスを攻撃してきた。 爆発が起こり、コスモスの周囲に炎が吹き上がる。しかしコスモスはそんな攻撃をものともせず、両手に赤く燃え上がるエネルギーを集中させ、腕をL字に組んで灼熱の必殺光線を放った。 『ネイバスター光線!』 超威力のエネルギー流が炸裂し、クインメザードは大爆発とともにあっけなくも四散した。元々からめ手で相手をはめて嬲ることに特化した怪獣だったので、直接的な戦闘力はほとんど割り振られていなかったのだ。 断末魔の叫びを残し、クインメザードは絶命し、同時に超空間も完全に消滅してトリスタニアは平常に戻った。 残ったのは、命拾いをして息をつくトリステイン軍と、茫然自失とするロマリアとガリア軍のみ。虚無の魔法が作ったイリュージョンのビジョンで、世界中で見守っていた人々もなにが起こったのかわからないでいる。 神々しい天使が消えうせ、代わりに醜い怪獣が現れて倒された。なにがどうなっているかを説明できる者などいない、例外はガリアでジョゼフがほくそ笑んでいたくらいだろう。 「さて、どう出る教皇聖下どの? まさかこれで幕引きではあるまい」 ジョゼフにとってはどちらが勝とうがどうでもいい。しかし、この戦いで生き残ったほうがいずれ自分を殺しに来るのだろうから、見ておく価値はある。なにより、どうせ長くはない命、冥土のみやげは少しでも多く作っておくに越したことはない。 だが、わずかな例外を除いては、いまやトリスタニアを見つめている数百万の視線は懐疑と困惑の色に染められている。 なにが正義で、なにが悪なのか? 見守っている人々は信じているものと、信じたいものと、信じたくないものが頭の中で交じり合い、その答えを待つ。 不気味なまでの沈黙と静寂。だがそれは長くてもほんの数十秒であっただろう。なぜなら、誰もが答えを与えてくれるであろうお方の言葉を心待ちにして沈黙していたのだが、この沈黙をチャンスとしてアンリエッタが教皇に対して切り出したのだ。 「教皇、あなたのトリックは破れました。世界中の皆さんも見ましたね! あの天使は、先ほどの怪獣が作り出していた虚構だったのです。皆さん、天使など最初から存在しません。教皇は、天使の威光を笠に着て我々をだまし、世界を破滅に導こうとしているのです。皆さん、今こそ目を覚ましてください」 先ほどの失敗を繰り返してなるものかと、アンリエッタは先手を打ったのだった。ロマリアの兵たちが動揺している今ならば、こちらの声も向こうに届く。逆に言えば、今しかチャンスはない。 アンリエッタの言葉に、ロマリア側の動揺が大きくなる。アンリエッタはこれを見て、しめたと思った。ここから一気に突き崩せれば……だが、その一瞬の油断が彼女の未熟さであった。彼女よりもはるかに老獪な教皇は、アンリエッタが追撃の口弾を撃ちだすよりも早く、よく通る声で割り込んできたのだ。 「親愛なるブリミル教徒の皆さん、惑わされてはなりません! すべては、あの女、アンリエッタが仕掛けた大いなる芝居だったのです!」 「なっ!?」 なにを言い出すのかと、アンリエッタは言葉を失った。だが、マザリーニやカリーヌなどの政争を知る者たちは、教皇の企みをすぐに看破した。まずい、この手口は! 「ブリミル教徒の皆さん、私はおわびせねばなりません。なぜなら今の今まで、私もあの王冠を冠った魔女にだまされていたのです。あれが悪魔の技で天使を作り出して我々をだまし、自ら倒すことで私に濡れ衣を着せようとしたのです。我々はだまされていたのです!」 なっ! と、アンリエッタや彼女の傍らに控えていたエルオノールらは思った。 ふざけるな、あの天使はお前たちの策略だったではないか。それを、なんという言い草だ。 だが、アンリエッタが言葉を失っているのを見てマザリーニが悲鳴のように進言した。 「いけません、女王陛下。すぐに教皇の言を否定するのです!」 「枢機卿!?」 「詐欺師の手口です。どんなことになっても自分の罪を認めず、すべてを他人に押し付けて自分の潔白を主張し続けるのです。否定しないと、罪を認めたことになりますぞ、大衆は声の大きいほうを信じてしまうものなのです!」 「くっ、どこまでも卑劣な!」 これが仮にも教皇のやることかとアンリエッタは澄んだ瞳に怒りを燃え上がらせた。 しかし、有効な手口だというのは認めざるを得ない。迷っていた人々は教皇の言葉を受けて、教皇への支持を取り戻しつつある。相手が不安になったところに救いの道を指し示せば、相手はその言葉に矛盾が混じっているのに気づかずに信じてしまう。詐欺師のやり口は人間の心にアメーバのように浸透してくるのだ。 アンリエッタは急いで教皇への反論を始めた。 「戯言はやめなさい教皇! あれはどう見ても、あなたたちに都合よく動いていたはず。さんざん天使様を賞賛する言葉を吐いておいて、よくもそんな手のひら返しができますね」 「ああ、悲しいことです。私は神の御前で懺悔せねばなりません。しかし、天使の姿に畏敬の念を抱いてしまうのは私の信仰心からきてしまう行動なのです。私の深い信仰心が罪となるとはなんと恐ろしい。ブリミル教徒の皆さん、我々の信仰心を弄んだ、あの悪魔を許してはなりません」 必死に食い下がるアンリエッタだったが、舌戦は経験の差がもろに出てしまうものだ。年若いアンリエッタと、海千山千の教皇とでは歴然としていた。 しかし、アンリエッタはあきらめずに教皇に対抗して人々に訴え続けた。この戦争の意義は勝敗ではない、いずれの大義が真実であるかを世の人に知らしめすことなのだ、そしてそれは自分にしかできないことだ。 ”戦いは、トリステインの皆さん、ウルトラマンさんたちのおかげで、ようやくここまでこれました。これで教皇の化けの皮をはぐことさえできれば聖戦は止められる。ルイズ、始祖ブリミル、どうかわたしに力を貸してください!” 心の中で祈り、アンリエッタはそばに控えたマザリーニの助言も受けつつ教皇の言葉と行動の矛盾を突き続けた。 舌戦は激烈を極め、人々はそれに耳を傾ける。だが、多くの人々は教皇聖下がアンリエッタを論破するのを期待したであろうのと裏腹に、舌戦は意外な方向へと進んでいった。アンリエッタが押し始めたのだ。 「教皇、先ほどの天使が私の作った偽者と言うのであれば、ロマリアであなたに啓示を授けたというものはいったい何なのですか? それが本物だというのならば、なぜ偽者が暴れているにも関わらず本物は現れないのです? そして、ロマリアに現れた天使もまた偽者だとすれば、あなたは神の啓示など受けていないことになります、違いますか!」 ヴィットーリオは当初余裕を浮かべていたが、アンリエッタは猛烈な食い下がりで彼を引きずり落としていった。 もちろん、アンリエッタ自身の言葉のボキャブラリーには限界がある。しかし彼女にはマザリーニやエレオノールらがついて、可能な限りの助言をおこなっていたのだ。マザリーニの理路整然とした論理と、エレオノールの相手を圧迫する口撃力、これらが合わさったときの破壊力はすさまじかった。 対して、ヴィットーリオに助言できる者はいない。教皇聖下に意見できる者などいるわけがない。 三人寄れば文殊の知恵という言葉があるが、今のアンリエッタはまさにそれだった。特に、ヴィットーリオは知識量についてはアンリエッタらを上回ったが、弁説や機転は一人分しか持っていない。アンリエッタが助言を元にアプローチをたびたび変えながら攻めてくるのに対して抗しきるのには限界があった。 ペンは剣より強しと地球の誰かが言った。その意味がここにある。戦場で万の敵を倒すことは難しくとも、言葉は一度に億の民を動かすことができる。 そしてこれはトリステインではアンリエッタしかできない仕事だ。武勇を誇るカリーヌも、見守るコスモスや上空を旋回するファイターEXからの映像で見守る我夢たちも、これには何も助力することはできない。 当初はやはり教皇聖下が正しいと思い始めていた人々も、教皇の話の中の矛盾が暴露されるに従って疑いを抱き始めた。この戦いはおかしいという意識が広がり始め、教皇、そしてジュリオの心にも焦りが生まれ始めた。 『聖下、まずいですよ。このままアンリエッタにいいように言わせては』 『わかっています。むう、あの小娘がここまでやるとは、あなどっていました』 思念で会話しつつ、ヴィットーリオとジュリオは流れがアンリエッタに移りつつあることを認めざるを得なかった。 まずい、このままでは全世界の見守る前で聖戦のカラクリを暴露されてしまう。そうなれば、今までの苦労がすべて水の泡だ。 『聖下、ロマリアの兵はまだしもガリアの兵の動揺が大きくなっています。たぶん世界中でも……せめて、イリュージョンのスクリーンだけでも解除されては?』 『いいえだめです。これは、一度発動したら役割を命じた時間が来るまで消えないのです。心配はいりません、まだこちらには切り札があります。ジュリオ、私のそばへ』 舌戦が一段落し、アンリエッタとヴィットーリオは息継ぎをするように一度押し黙った。 しかし、沈黙は長くは続かない。この機を逃してはなるまいと、アンリエッタは攻勢を再開した。 「教皇、いい加減に観念するのです。あなたの詭弁は、わたしがすべて打ち砕きます。罪を認め、その正体を現しなさい!」 「アンリエッタ女王陛下殿……私は正直、あなたを見損なっていたようです。確かに私の行動に矛盾があることは認めましょう。ですがそれはハルケギニアに真の平穏をもたらすための、いわば必要悪だったのです。仕方ありません、真に正しいものは動かないという証拠を、ここにお見せしましょう」 そう言うとヴィットーリオは、ジュリオが傍らに連れてきたドラゴンの背に乗り、ジュリオとともに飛び立った。 ジュリオの操るドラゴンは速く、あっという間にロマリアの陣地から彼らをトリステインの街を囲む城壁の上へと連れて行った。 城壁の上はすでにロマリア軍に占拠されており、ここからはどちらの軍からでも教皇の姿を望むことができる。 そしてヴィットーリオは全軍を見渡すと、杖を掲げて高らかに宣言した。 「皆さん、始祖の残された力のことはご存知でしょう。そう、”虚無”です! アンリエッタ女王がいかに私を糾弾しようとも、虚無の力を持つということは、すなわち始祖に選ばれた者という証拠なのです。先ほど私はイリュージョンの魔法で世界をつなぎました。世界中の皆さん、見ていなさい。皆さんに、虚無のさらなる力をお見せしましょう!」 虚無? 虚無! 虚無だって!? 人々の間に動揺が広がるのと同時に、ヴィットーリオは呪文を唱え始めた。誰も聞いたことのないスペルが流れ、メイジたちは膨大な魔法力が集まっていくのを肌で感じ、すぐにそれは平民にもはっきりとわかる激しさで大気を鳴動させ始めた。 「な、なに? 何を始めようというのですか」 まるで巨大地震の前兆のような地鳴りとともに、トリスタニア全体の大気が揺れている。アンリエッタたちは城の手すりにつかまりながら、これがただの魔法などではないことを悟った。 「本当に虚無? いけない、何をするのかわからないけれど、このままではトリスタニアが危ないわ。カリン様、教皇を止めてください!」 「御意!」 なにをするにしたってろくなことであるはずがない。アンリエッタに言われるまでもなく、カリーヌは絶好の射点にわざわざやってきてくれた教皇に魔法の狙いを定めていた。 しかし、魔法の完成は教皇のほうが一歩だけ早かった。 『世界扉』 完成した魔法が発動した瞬間、空に穴が開いた。 トリスタニアの上空に直径数百メイルに及ぶであろう巨大な黒い穴が開き、それが巨大な引力を発揮してすべてを飲み込み始めたのだ。 「うわぁぁっ! な、なんだ。吸い込まれる!」 トリステイン軍は竜巻に巻き込まれたような強風に襲われた。猛烈な風が渦巻き、街の家々から屋根やガラスが引き剥がされて砂塵とともに吸い上げられていく。以前オルレアン邸でタバサを飲み込んだ異次元ゲートに似ているが、規模ははるかに大きい。 勢いはどんどん強くなっていく。このままでは人間が巻き上げられるのもすぐだ。アニエスや、各軍の部隊長たちは必死に叫んだ。 「いかん! 全員なんでもいいから手近なものに掴まれ! できなければすぐ伏せろ!」 トリステイン軍はもう戦いどころではなかった。彼らの持っている杖や剣さえも巻き上げられていき、街全体からあらゆるものが吸い上げられていく。 しかし不思議なことに暴風はロマリアの兵たちは吸い込まず、トリステイン軍ばかりを吸い上げていく。そして、ヴィットーリオは唖然とするロマリア軍にゆるやかに語り始めた。 「驚かれましたか? これは私の持つ虚無の魔法『世界扉』です。世界の理を歪め、冥府への扉を開きます。そして不浄なるものをすべて異界へと連れ去ってしまうでしょう。ただ膨大な精神力を使ってしまうため、本来ならばエルフとの聖戦まで温存したかったのですが、聖戦の大義を証明するためには仕方ありません。さあ、神に歯向かった者たちの最期をともに見届けましょう!」 ヴィットーリオの呼びかけに、ロマリア軍からうめきにも似たどよめきが流れた。 人知を超えた天変地異にも匹敵する力、これが虚無なのか。これはもはや魔法と呼べる代物ではない。まるで、悪夢の光景だ。 本来の世界扉は異世界間のゲートを作り出すだけの魔法だが、根源的破滅招来体の力で強化されたその威力は、地上に開いたブラック・ホールのようにトリスタニアのすべてを吸い込んでいく。 家が、商店が引き剥がされて舞い上がっていく。人間たちも必死に地面にしがみついているが、体重の軽い者や力の弱い者、傷ついた者は今にも宙に浮き上がりそうである。戦傷者救護所では、野外に寝かされていたけが人たちを魅惑の妖精亭の少女たちが必死に屋内に運び込もうとしていたが、すぐに建物ごと飲み込まれそうだ。 ならば、魔法を使っている教皇を倒せば。だがそれもだめだった。カリーヌが魔法攻撃を放とうとしても、世界扉の吸引力が勝り、使い魔のラルゲユウスごと引き込まれていく。 「うわあぁぁっ!」 ラルゲユウスの飛翔力を持ってしてもどうしようもなかった。錐もみ状態ではカリーヌも魔法が使えない。 カリン様! アンリエッタの悲鳴が響いたとき、コスモスが飛んだ。 「ショワッチ!」 コスモスは引き込まれかけていたラルゲユウスを掴まえると、そのまま担いで地上に引き戻した。 だが、世界扉の吸引力はコスモスも引き込もうとしている。カラータイマーの点滅が限界に近いコスモスでは、せめて耐える以外にできることはなかった。 ファイターEXも影響圏から離脱するのでやっとだ。元素の兄弟は魔法で体を地面に固定して耐えていたが、やがて地面ごと引っぺがされそうな勢いに冷や汗をかき始めていた。 そして宮殿もまた、トリスタニアごと消滅しようとしていた。尖塔はもぎとられ、煉瓦は舞い上がり、噴水は干上がり、城門が剥ぎ取られていく。 「じ、女王陛下、城内にお入りください!」 「もうどこにいても同じことです。それにわたしは、たとえ死んでもここを離れるわけにはいきません。はっ、ウェールズ様!」 バルコニーにしがみつくアンリエッタの見上げる前で、アルビオン艦隊も飲み込まれていく。 もはや、これまでなのかとアンリエッタの目に涙が浮かんだ。トリステインもアルビオンも地上から消え去り、ハルケギニアは教皇の思うがままになってしまう。 ここまでやったのに、みんな死力を尽くして戦ったのに、最後の勝利は教皇のものなのか。これでは神よ、始祖よ、あんまりではありませんか。 「ルイズ……ごめんなさい」 涙が暴風に乗り、闇のかなたへ消えていく。 崩壊していくトリスタニア。もはや誰にも、どうすることもできない。 あと数秒もすれば、街だけでなく人間たちも塵のように巻き上げられていくだろう。 すべてが……消える。そしていずれはハルケギニアも消える。努力も、夢も、希望も、なにもかも。 それでも最後まで、あきらめない心だけは捨てない。地面に必死に食らいつく銃士隊の中で、ミシェルはそれが才人の教えてくれたことだと信じ、繰り返す。 「負けるもんか、負けるもんか……あきらめない奴にだけ、ウルトラの星は見える。そうだろ? サイト」 どんな絶望の中でも、自分から希望は捨てない。未来は、奇跡はその先にしかない。ミシェルはそれを信じた、なによりも才人を信じた。 だが、すべてが消滅しようとしているこの時に、いったいどんな奇跡が起こるというのだろう? もう、誰もなにもできない。間に合わない。 悪の勝利、すべてが消える。教皇がそれを確信し、勝利の宣言をしようと空を見上げた、まさにそのときだった。 「待ってたぜ教皇! てめえがもう一度その、世界扉の魔法を使う瞬間をな!」 突然、空に開いた世界扉のゲートから声が響いた。 あの声は、まさか! その声に聞き覚えのあるアニエスやスカロンやエレオノール、そしてミシェルが空のゲートを見上げる。 さらに、ゲートが突然スパークして不安定に揺らいだ。と、同時に吸引力が消滅し、浮き上がりかけていた人々は再び重力の庇護を受け、なにが起こったのかをいぶかしりながら空を見上げる。 しかし、一番衝撃を受けていたのは教皇とジュリオだ。ふたりは、突然制御を失ってしまったゲートを見上げながら焦っていた。 「あの声は!? そんな馬鹿な。聖下、なぜワームホールが」 「わかりません。まるで、ワームホールの先から何かが無理矢理やってこようとしているような。まさか!」 そのまさかであった。彼らも聞いたあの声は、異次元のかなたへと追放したはずの、彼の声。 ヴィットーリオの開いたワームホールに無理矢理介入し、流れの反対方向からやってこようとしている何者か。それはワームホールの出口を破壊しながら、稲妻のように現れた。 「うわぁぁ、うわおわあぁーっ!?」 「きゃあぁぁーっ!?」 一部の人間には聞きなれた二名の声。それが響いたと同時に、空に開いていたワームホールは激流の直撃を受けた水門のように爆裂し、代わって中から現れた何かが流星のように教皇のいる場所の傍の城壁の上に墜落した。 何かが墜落した場所で爆発が起こり、巨大な城壁が落ちてきた大きな何かに押しつぶされて粉塵とともに築材が撒き散らされる。 何が落ちてきた!? この場にいる人間のすべての視線が舞い上げられた粉塵に注がれ、そして風で粉塵が流された後には、巨大なカタツムリのようで、しかしとぼけた顔をした顔をした怪獣が城壁を押しつぶして寝そべっていた。 それを見ると、コスモスは「そうか、ついにそのときが来たんだな」と、なにかに満足したように消えた。一体コスモスは何を? 変身を解かれたティファニアは不思議に思ったが、コスモスは何も答えてはくれない。 だが当面の問題は怪獣だ。人々からは、怪獣!? 怪獣だ! という叫び声が次々にあがる。 しかし、人々の関心はすぐに怪獣から離れることになった。なぜなら、怪獣の影から複数の人影が這い出してきたかと思ったら、突然がなり声で言い合いを始めたからだ。 「あだだだ……っ。ち、着地のことまで考えてなかったぜ。って、ここは……おお! トリスタニアじゃねえか! てことは、おれはとうとうハルケギニアに戻ってこれたんだ。よっしゃあ、やったぜえ!」 「いてて、よかったねサイトくん。いちかばちかの賭けだったけど、どうやら成功したみたいだね」 「はい、みんなあなたのおかげです……って、なんであなたたちまでここにいるんですかぁぁぁぁぁ!」 「いや、離れるつもりだったんだけど巻き込まれちゃって、仕方なく、ね。へえ、ここが君の時代かぁ、なるほど、僕らが頑張ったかいはこうなるのか。君も、しみじみすると思わないかい?」 「するわきゃないでしょ! なに私まで引きずりこんでくれちゃってるの! さっきサイトに見せちゃった私の別れの涙を返しなさいよ、やっぱりあんたを蛮人と呼ぶのをやめるのをやめるわ、少しは反省しなさいよーっ!」 「ぐぼぎゃ!?」 青年と少年と少女が言い争いの末に、青年が少女に殴り飛ばされて派手に吹っ飛んだ。 それだけではなく、別の方向からもう一組の男女が現れて。 「うう、いったぁ……ほんとに、あんたといるとろくなことがないわ! あれ? ここはもしかして、トリスタニアじゃない! やったあ! とうとう、とうとう帰ってこれたんだわ」 「やったなルイズ。うんうん、これもひとえに俺のおかげだな。いや、はっはっはっは」 「あっはっはっは……って、ごまかされるわけないでしょうが! 今回ばかりは本気で死ぬかと思ったんだからねーっ!」 「どわーっ!」 少女が杖を振るうと爆発が起こり、青年がまともに食らって吹っ飛んだ。 なんだなんだ、いったいなんなんだ? 見守っている人々は訳がわからずに唖然とするしかない。 だが、彼らの声の中で、明らかに明確に確実に実体のあるものが二人分あった。 ティファニアにとっては友達の声、ミシェルにとっては愛する人の声。 カリーヌにとっては娘の声、アンリエッタにとっては親友の声、それは。 「サイト!?」 「ルイズ!?」 紛れもない、長いあいだ行方不明になっていた才人とルイズだったのだ。 その声が届くと、才人とルイズははっとしてあたりを見回し、互いの姿を見つけるとすぐに駆け寄って手を取り合った。 「ルイズ、ほんとにルイズなのか。無事だったんだな、おれ、お前が撃たれて消えていったの見て、飛び込んだんだけど間に合わなくて」 「サイト、やっぱりあんたはわたしを助けようとしてくれてたのね。ありがとう、ずっとサイトに会いたかったんだから。長かった、ほんとに長かったわ」 「お前もいろいろあったんだな。おれも、今日までずっと冒険を続けてきたんだ。何度もくじけそうになったけど、ルイズもきっとがんばってるって思って、がんばれた」 「わたしもよ。サイトと必ずまた会えるって信じてた。ほんとにいろいろあったんだからね」 「ああ、そういやお互いけっこう髪が伸びたな。お前に話したいこと、山ほどあるんだぜ。おれもルイズから土産話をいっぱい聞きたいな。けど、その前に……」 才人とルイズはきっと表情を引き締めると、怪獣の背中から城壁の上にいる教皇を睨み付けた。 「あのニヤけた教皇野郎をブっ飛ばさないとな!」 びしりと才人に指差され、教皇の肩がわずかに震えた。 ここにいる才人とルイズは夢でも幻でもそっくりさんでもない。間違いなく、ヴィットーリオが世界扉で異次元に飛ばしたあの二人だ。 しかし、異次元に追放されてどうして? そればかりはさすがに教皇も想定外で、わずかにうろたえた様子を見せつつ問い返してきた。 「あ、あなたたち、いったいどうやって?」 「へっ、聞きたいか? てめえの魔法で、おれは大昔のハルケギニアに飛ばされてたんだ。けど、親切な人たちに助けられて、この未来怪獣アラドスって奴の力を借りてこの時代に帰ってこれたんだ。わかったかバカヤロウ」 才人はそう言って、足元で眠そうな目をしている怪獣を見下ろした。 未来怪獣アラドス。幼体で身長一メートル弱から成体の数十メートルにいたるまで、成長途上によって大きさに差がある怪獣だが、ここにいる個体は二十メートルほどの成長しきっていない若い個体である。特筆すべきはその能力で、彼らは非常に進化した細胞で時間の壁を越えて、自由に過去や未来に行き来することができるのだ。 つまり、才人はアラドスを見つけて助力してもらうことで現代へと帰ってきたわけだ。アラドスは高い知能も持ち、今はタイムワープの疲れで眠っているけれど、才人は感謝してもしきれないほどの恩を感じている。 「ただ、未来に行くことはできても、正確にどれだけ時間を越えればいいかはわからなかった。だから、てめえが世界扉で時空に穴を開けたのを目印にさせてもらったってわけだ。ざまあみろ」 「くっ、私の虚無を逆に利用するとは。しかも、その時空間の干渉でミス・ヴァリエールまでも引き寄せるとは、なんと悪運の強い」 「そうね、サイトの悪運の強さはたいしたものよ。けど、わたしだって負けてないわ。わたしはね、どっか別の宇宙に飛ばされて、あっちの星やこっちの星を散々さまようことになったのよ。もう、何度怪獣や宇宙人を相手に大変な目に会ったことか。それでね、どこかの星の沼地でお化けみたいなトンボの群れに追い回されていたら、突然空に開いた穴に吸い込まれて、気がついたらここにいたわ。教皇聖下、乙女の柔肌を日焼けで真っ黒になるまでバカンスさせてくれたお礼はたっぷりさせてもらいますからね」 そういえばルイズの顔がこんがり小麦色になっているように才人は思ったが、それ以上に赤鬼みたいだと思ってしまった。 が、それはともかくルイズの魔法力は怒りのおかげでボルテージがどんどん上がっている。今なら、とんでもない大きさのエクスプロージョンでも撃てそうだ。 しかし、周りの人々にとっては訳のわからないの自乗になっているのは変わらない。教皇聖下、いったいどういうことなのですかという声が次々と響き、ヴィットーリオは焦ってそれに答えようと手を上げた、だがその瞬間。 『エクスプロージョン!』 ルイズの魔法が炸裂し、ヴィットーリオは至近で起こった爆発に吹き飛ばされかけた。 そして、帽子を飛ばされ、顔をすすに汚しているヴィットーリオに向かってルイズは猛々しく突きつけた。 「あんたの小細工は通用させないわよ。どうせ、わたしたちを悪魔に仕立て上げて被害者ぶろうとしてたんでしょう。けど、手口がわかれば対処は簡単よ。どんな詭弁も、しゃべらせなかったらいいんだからね!」 ヒューっと、才人は口笛を吹いた。さすが、ルイズらしい力技の解決法だ。だが、なるほど、どんな詐欺師でも口を利けなければ人を騙しようがないに違いない。 「わ、私を公衆の面前で殺害しようとして、あなたやあなたの家族がどうなると思っているのですか?」 「そういうことは後で考えるわ。少なくとも、わたしの家族は心配されるほど軟弱じゃないから安心しなさい」 おどしもまったく効果がなかった。まあともかく、武闘派や隠れ武闘派ばかりのヴァリエール一家に喧嘩を売れるところはそうはないだろう。なお、忘れられていたがルイズの父のヴァリエール公爵は自領の軍を率いて国境でゲルマニアに対して睨みを利かせている。どうやら、隙を見せると隣のツェルプストー家が空気を読まずに茶々を入れに来るらしい。 ルイズが躊躇を見せないことに、ヴィットーリオは思わず後ずさった。逃げようにも、ジュリオの使っていた竜はアラドスの落ちてきたショックで瓦礫に埋もれてしまい、ロマリアの兵隊たちも大半はトリスタニアの奥まで攻め込んでしまっているし、城壁を占領していた者たちもアラドスを恐れて逃げていてしまい、すぐにヴィットーリオを助けに来れる者はいなかった。 こうなれば、ヴィットーリオも杖をふるって魔法で対抗するしかない。ルイズもアラドスの背から城壁の上に飛び移り、ふたりの虚無の担い手は杖を向け合う。 『エクスプロージョン!』 『エクスプロージョン』 互いに長々と詠唱をしている隙はないので、詠唱簡略のエクスプロージョンの撃ち合いが始まった。ルイズとヴィットーリオを狙ってそれぞれ小規模の爆発が起こり、両者は自分に向けられた爆発を回避するために身を躍らせる。 しかしヴィットーリオは律儀にルイズとの決闘に応じるつもりはなかった。ルイズがヴィットーリオを相手に杖を動かせない死角から、ジュリオが銃を向けてきたのだ。 「今度は一発で心臓を撃ち抜いてあげるよ」 銃口が正確にルイズを狙う。教皇に意識を集中しているルイズはそれに気づくのが遅れた。 だが、ジュリオもまたルイズを狙いすぎて死角を作ってしまっていた。ルイズを撃たせてなるものかと、才人が体当たりをかけてきたのだ。 「うおおっっ!」 「うわっ! き、君はぁ!」 「ふざけんなよこの野郎。おれの目の前で二度もルイズを撃たせてたまるかよ。そんでもって、てめえだけはぶん殴ってやるって決めてたんだ!」 才人のパンチがジュリオの顔面に決まり、ぐらりとジュリオはふらついた。ルイズを狙っていた銃はあらぬ方向を狙って無意味に弾を飛び去らせる。銃さえなくなれば、過去の旅で才人は相当体力をつけてきた。そんじょそこらの奴に負ける気はない。 しかしジュリオは才人とのタイマンになど付き合ってはいられないと、すぐさま体勢を立て直して剣を抜いてきたのだ。 「て、てめえ」 「あいにくだけど、目的を果たすのを優先させてもらうよ。心配しなくても、君の大切な人たちもすぐに向こうで会えるようにしてあげるさ」 ジュリオの振り上げた剣が才人を狙ってきらめく。対して才人は丸腰だ。とても剣を持った相手に対抗することはできない。ルイズはそれに気づいていたが、とても今から振り向いてジュリオに魔法をぶつける時間はなかった。 「サイト!」 ルイズの悲鳴が響く。しかし、ジュリオの剣は才人に届くことはなかった。寸前で乾いた音を立てて、横合いから飛び込んできた別の剣によってさえぎられたのだ。 ジュリオの剣は止められ、ジュリオは驚愕した表情で割り込んできた剣の持ち主を見た。それは、長剣を小枝のように片手で軽々と持って、不敵な笑みを浮かべる金髪の少女だった。 「素手の相手に剣を向けるとはいい根性してるね。あんた悪者ね、悪者でしょ? サイト、こいつはわたしがもらうけどいいよね?」 「サーシャさん!」 その細身に見える体からは信じられない力で、少女はジュリオを剣ごと弾き飛ばした。そして、体を覆っていた砂漠の砂よけのフードつきマントを脱ぎ捨てて、少女はその全身を現した。 たなびく薄い金糸の髪、無駄なく引き締められた肢体に、揺れるほどよい大きさの果実、そして延びる長い耳。 「エルフ!?」 人々から驚愕の声が響く。しかしジュリオの視線は、彼女の左手に釘付けになっていた。少女の左手の甲にきらめくルーン、それは。 「ガ、ガンダールヴだと!?」 「あら? ガンダールヴを知ってるの。なら話が早いわね、なんかあなたを見てると妙に胸がムカムカしてくるし、サイトに剣を向けた落とし前はつけさせてもらうわよ!」 宣言すると、サーシャは俊敏な肉食獣のように地を蹴った。光と見まごうような剣閃が走り、反射的に受け身をとったジュリオの剣にすさまじい衝撃が伝わってくる。 「こ、これは本物だ。だが、いや、そういえばさっきサーシャと。エルフのガンダールヴ、ま、まさか!」 「なにぼさっとしてるの? 私は強いよ!」 サーシャの舞うような剣戟が相次ぎ、剣技には自信のあったはずのジュリオが受けるしかできない。 剣同士がぶつかり合う金属音と、輝く火花が人々の目を引き、まるで天使が円舞をしているかのような美しさを人々は感じた。エルフといえば、人間にとっては忌むべき、恐れるべき存在であるはずなのに、目の前のエルフの少女からはそうした恐ろしさはまるで感じられずに、逆にたのもしさと胸がすくような興奮が湧き上がってくる。 さすが元祖ガンダールヴ! 才人は、全盛期の自分よりはるかに強いサーシャの活躍にしびれて、思わずガッツポーズをとりながら応援した。 けれども、自分の実力ではかなわないと見たジュリオはまたも卑劣な手に出てきた。彼が右手の手袋を脱ぎ捨てると、彼の右手の甲にルーンが輝いたのだ。 「そいつは、私と同じ!」 「そう、僕も虚無の使い魔なのさ。僕は神の右手ヴィンダールヴ、その力を見せてあげるよ!」 すると、彼らのいる城壁に向かって方々からドラゴンやグリフォン、マンティコアやヒポグリフなどが集まってきた。戦いの中で主人の騎士を失ったそれぞれの軍の幻獣たちだ、皆が正気を失ったように目を血走らせ、凶暴な叫び声をあげている。 「これが僕の力、あらゆる生き物を自在に操ることができるのさ。いくら君がガンダールヴでも、これだけの数の幻獣を相手にするのは無理だろう?」 チッ、とサーシャが舌打ちするのと同時に、才人はまずいと思った。いくらサーシャが強くても、十数匹のドラゴンやグリフォンにいっぺんに襲いかかられたらかなうわけがない。 「サーシャさん、変身を!」 「あ、ごめん。さっきのでコスモプラックがどっか行っちゃって、変身できないのよね」 「ええーっ!?」 最悪だーっ! と、才人は叫んだ。まずい、ここは城壁の上で逃げ場がない。やられる! しかし、宙を飛んで襲い掛かろうとしていた幻獣たちに、さらに上空から別の飛行物体が高速で襲い掛かってきたのだ。 「いっけぇーっ、レーザーバルカン発射ぁ!」 急角度から降り注いできた光線の乱射が幻獣たちを蹴散らし、さらに音速に近い速度で通り過ぎていったことで幻獣たちは衝撃波に吹っ飛ばされて散り散りになってしまった。 今のは! 才人は城壁の上を飛び去っていった戦闘機を見上げた。あの機体は、どこかで見たような。いつだったっけ、けっこう前だったように思うけど思い出せない。 しかし、才人の戸惑いとは裏腹に、その戦闘機、ファイターEXは再度反転して残った幻獣たちをあっという間に蹴散らしてしまった。才人やジュリオは呆然として見送るしかない。 幻獣たちが全滅すると、ファイターEXは上空で調子に乗ったように宙返りをした。そのコクピットでは、メインAIであるPALが乱暴な操縦をしないでくださいと抗議していたが、パイロット席に座る彼、アスカ・シンは楽しそうに答えた。 「悪い悪い、操縦桿握るのなんて久しぶりだからついうれしくってさ。いい飛行機だな、こいつ。気に入ったぜ」 彼はこちらの世界にルイズと来てルイズの爆発魔法で吹っ飛ばされた後、空を飛んでいるファイターEXを見て、そのコクピットが無人だと知ると「おーい、そこの戦闘機乗せてくれー」と手を振って頼んだのだった。 もちろん、乗せるかどうかの判断はPALはしていない。アスカを乗せるのを決めたのは我夢だった。むろん、見ず知らずの人間を乗せるのには藤宮が難色を示したが、我夢はなぜか自信ありげに言った。 「大丈夫、彼は……信頼できる」 我夢にしては根拠のない発言に藤宮は不思議に思ったが、確かにアスカは見事にファイターEXを操縦した。PALだけでは先ほどの機動は不可能だったろう。 一方の我夢も、なぜか不思議な確信が頭に浮かんだのを感じていた。本当に不思議だ、彼を見るのは今日が初めてなはずなのに、まるで子供のころからの親友だったように感じた。 この戦いが終わったら、彼と会ってみよう。我夢は静かにそう思った。 ファイターEXは、周囲を警戒するようにトリスタニアの空を旋回し続けている。その速度に追いつける幻獣はハルケギニアに存在しない。ただ、カリーヌはその優れた視力でファイターEXのコクピットをわずかに覗き、心臓をわしづかみにされたような衝撃を感じていた。 そして、嵐のように吹き荒れたアスカの乱入によって危機は去った。さあ、ここから再開だと、サーシャは剣を振りかざしてジュリオに飛び掛った。 「なにぼさっとしてるの! 卑怯な手を使わないと、女の子ひとりあしらえないのかな?」 「くっ、なめるなっ!」 それはある意味ジュリオに対して最大の侮辱だったろう。才人は笑い転げたいのを我慢しながらサーシャの応援に戻った。 だが、その瞬間、爆音を聞き、才人はエクスプロージョンの炎に弾き飛ばされてルイズが転がされるのを見たのだ。 「ルイズ!」 「だ、大丈夫よ」 思わずルイズに駆け寄り、才人はルイズを助け起こした。ルイズは見たところたいした傷は負っていないようだったが、強がっている言葉に反して杖を握っている腕は痙攣して、相当に疲労が蓄積しているのが察せられた。 そんなふたりを見下ろしながら、ヴィットーリオは余裕を取り戻した声で悠然と告げた。 「少し焦りましたが、やはりメイジとしての技量では私に一日の長があったようですね。悔しいですか? ですがあなたの言葉を借りれば、懺悔する時間は与えませんよ。今すぐに、始祖の下に送ってあげましょう」 時間稼ぎはさせまいと、ヴィットーリオは即座にエクスプロージョンの魔法を完成させた。威力は抑えているが、それでも人間二人を粉々にして余りあるだけの魔法力が才人とルイズの眼前に集中する。 やられる! 対抗の魔法は間に合わないと、ルイズは死を覚悟した。しかし、その瞬間、ふたりの後ろから別の虚無のスペルが放たれた。 『ディスペル!』 魔法を打ち消す魔法の光がヴィットーリオのエクスプロージョンを瞬時に無力化した。 馬鹿な! と、ヴィットーリオは驚愕する。そして、才人とルイズの後ろから散歩に行くような暢気な足取りで、小柄な青年が杖を握りながら現れたのだ。 「始祖の下に送る、か。いやあ、残念だけど多分それは無理だと思うよ」 「な、何者です?」 「ただのサイトくんの友達さ。いけないなあ、その魔法は悪いことに使うもんじゃないと聞いてないかい? これなら、まだ荒削りだけどそっちのお嬢ちゃんのほうがはるかにマシだよ。ねえ」 そう言って、青年は寝かせた金髪の下の瞳をルイズに向けて優しく微笑んだ。 すると、ルイズは不思議な既視感を覚えた。この人とは初めて会ったはずなのに、なぜかずっと昔から知っているような暖かな懐かしさを感じる。 「君がサイトくんの主人だね。話はいろいろ聞いているよ。なるほど、確かにどこかサーシャに似た雰囲気を感じるね。涙が出そうだよ……けど、どうやらタチの悪いのも生まれてしまったようだね。ここは僕がやるのが筋だろう、サイトくん、彼女を守ってあげなさい」 彼はそれだけ言うと、再びヴィットーリオに向き合った。 すぐさまヴィットーリオの放ったエクスプロージョンの魔法が襲い掛かってくる。だが彼は、即座に呪文を唱えると、なんと相手のエクスプロージョンの収束に自分のエクスプロージョンを当てて暴発させてしまったのだ。 爆発が爆発で相殺され、爆風があさっての方向へと飛び散っていく。そんなまさかと驚くヴィットーリオに向かって彼は告げた。 「初歩の初歩の初歩、エクスプロージョン。けれど、だからこそ使い勝手はとてもいい。効くかどうかは別にして、望んだすべてのものを爆破できる。ふむ、やったことはなかったけど虚無に虚無をぶつけても効くのか、覚えておこう」 事も無げに言ってのける彼だったが、それがいかにとんでもないことなのかはルイズがよくわかっていた。虚無を使えるようになってからエクスプロージョンは数え切れないほど撃ってきたが、あんな瞬間に超ピンポイントで当てるような神業はできない。あの青年は、いったいどれほどの虚無の経験を積んできたというのか。 ルイズは才人に、「あの人はいったい誰なの?」と尋ねようとしたが、それより早く魔法戦は再開された。 さらに強力なエクスプロージョンにエクスプロージョンがぶつかり、トリスタニアの空に太陽のような光球がいくつも閃いては消える。 こんな魔法戦、見たことがない。戦いを見守っていた全世界の人々がそう思った。現れては消える、あの光球ひとつだけでも直径数百メイルはあるとんでもない巨大さだ。もしあれがひとつでも戦場で炸裂したら、アルビオンやガリアの大艦隊でも一瞬で消し飛ばされてしまうだろう。 火のスクウェアメイジが百人、いや千人いたところでこんな光景は作れないに違いない。 トリスタニアの空に太陽がいくつも現れては消える。アンリエッタやウェールズは、自分たちがヘクサゴンスペルを完成させたとしても到底及ばないと戦慄し、エレオノールやヴァレリーは「こんなの魔法の次元じゃないわ」とつぶやき、ルクシャナは好奇心を塗りつぶすほどの壮絶さに大いなる意思にひたすら祈り、カリーヌさえも唖然として見ている。 全世界のメイジたちも同様に、一生に二度と拝めないかもしれない壮絶な魔法合戦を見守っている。 ただ例外は才人で、彼はひとりでサーシャのほうの応援をしていた。 「がんばれーっ、サーシャさん! いけーっ、そこだ、かっこいいーっ」 同じガンダールヴだった同士で波長が合うのか、才人の応援は熱がこもっていた。 しかしそれが気に食わないのはルイズだ。あの虚無使いの人は何者なのかと聞こうと思ったら、才人は自分を無視してこのテンション。しかも、せっかく久しぶりに会ったと思ったら、知らない女に熱烈な声援を送っているのも気に入らない。 そうなると、ガンダールヴとかの問題は思考の地平へ飛び去ってしまい、ルイズの心でメラメラと黒い炎が渦巻いてくる。 「ねぇ、サイト?」 「ん? なんだルイ、ぐえっ!? く、首、首を絞めるなぁぁっ!?」 「ご主人様から目を逸らしてずいぶん楽しそうじゃない。なんなのあの女? あんた、わたしの見てないところでまた新しい女とデレデレしてたんじゃないの?」 ああ、この嫉妬深さ、これこそがルイズだと才人はしみじみ思ったが酸素を取り上げられてはたまらない。 「ぐえええ、締まる、締まってるって! 誤解、誤解だルイズ。いくらおれでも人妻に手を出すような趣味はないって!」 「人妻?」 ルイズの力が緩んだ。なるほど、いくら才人でもそこまで節操なしではないだろう。才人はほっとして、胸いっぱいに空気を取り込んだ。 だが正直に言ったのがサーシャの逆鱗に触れてしまった。 「ちょっ、誰が人妻よ、誰が!」 「あだぁっ!」 サーシャが投げた剣の鞘が才人の頭に命中して鈍い音を立てた。才人は目を回し、代わってルイズが抗議の声をあげる。 「ちょっとあなた! 人の使い魔に向かって何してくれるのよ!」 「そいつが人妻だなんて言うからよ。私とあいつは、その……まだ……そんなんじゃないんだからね!」 ルイズは彼女のその反応に、「あれ? なんかどこかで見たような」という感想を抱いたが、答えに思い当たると何かムカつく気がした。 しかし、ルイズの願望を裏切るように、青年がヴィットーリオと戦いながらも口を挟んできたのだ。 「おいおいサーシャひどいなあ、君と僕との関係は、もう歴史上の既成事実なんだよ。子孫の前で、それはないんじゃないかな」 「う、うるさいうるさいうるさい! 誰があんたなんかと、あんたの赤ちゃんなんか産んでやるもんですか!」 「そうかい? 僕は君に僕の赤ちゃんを産んでほしいと思うけどなあ。僕と君の子供なら、きっとかわいいだろうなあ。そう思わないかい?」 「う、ううううう、バカバカバカ! もう知らないんだから!」 青年の軽口に、サーシャは顔を真っ赤にして顔を伏せてしまった。だがそうしてじゃれあいながらも、ふたりともヴィットーリオとジュリオ相手に互角に渡り合っているのだからとんでもない。 いったい何なのよ、この人たち? ルイズはわけがわからずに目を白黒させていたが、才人がやっと目を覚ましてきたので聞いてみた。 「ちょ、サイト。あのふたり、いったい何者なのよ?」 「んん? ああ、大昔の虚無の使い手と使い魔さ。お前の遠い遠いおじいさんとおばあさんだよ」 「大昔の? そっか、そういえばあなたは過去に行っていたって言ってたわね。けど、ほんとどういう人たちなのよ。あの人外の教皇と互角にやりあえるなんて、そんな虚無の担い手なんて、まるで始祖……えっ?」 そこまで言いかけて、ルイズははっとして固まってしまった。 まさか……そんな。しかし才人は、言葉が出ないルイズをニヤニヤ笑いながら見ている。ルイズは全身から血の気が引いていくのを感じた。 「ま、ままままま、まさか、ほ、ほほほほ本物の、しし、ししししし」 そのときだった。教皇と青年の魔法の撃ち合いが、ひときわ大きいエクスプロージョン同士の炸裂で終息した。 空を覆っていた魔法の光芒が消え去り、教皇と青年が十数メイルの距離を置いてにらみ合う。と、同時にジュリオとサーシャの剣戟も終息し、両者はそれぞれの主人の脇に戻った。 しかし余力はまるで違う。教皇とジュリオが肩で息をしているのに対して、青年とサーシャは汗ひとつかいていない。 戦いを見守っていた世界中の人々も、あのふたりはいったい何者なんだと息を飲んでいた。教皇聖下が、伝説の系統である虚無の担い手だということはもはや疑いようがない。その教皇聖下を同じ魔法で圧倒できるとは何者か? 同じ魔法? つまり相手も虚無の使い手。しかし、そんなものが存在するのか? 人々は沈黙し、疑問の答えを待つ。やがて、穏やかに青年が教皇に対して語りかけた。 「もうやめないかい? 君もなかなかの力を持っているようだが、君の使う虚無の系統なら僕はすべて使えると思うよ」 「こ、これほどまでとは。いったい何者なのですか……いや、あなたの顔はどこかで……はっ!」 そのとき、ヴィットーリオは記憶の中のひとつと目の前の青年の顔が合致して凍りついた。予期せぬ事態の連続と戦闘の興奮で半ば我を失っていたために気がつかなかったが、ロマリア教皇としてブリミル教の内情に関わった知識の中に、たったひとりだけ目の前の青年に該当する人物がいた。 そういえば、ジュリオが戦っていたエルフの娘はガンダールヴだった。虚無の担い手は過去に複数存在したが、エルフを使い魔にしたのはたったひとりしか存在しない。 「ま、まさか、あなたの名は……」 「ん? そういえばまだ名乗ってはいなかったね。じゃあ遅くなったけど、自己紹介しておこうか」 「ま、待て!」 ヴィットーリオは狼狽して止めにかかった。 まずい、それだけはまずい。もし、目の前の青年があの人物だとしたら、ロマリアの、教皇の、権威も威厳も、そのすべてが塵のように吹き飛ぶ。そして、それを納得させられるだけの材料は、すでに全世界の人間たちの目に示されてしまってている。 しかし、遅かった。青年はヴィットーリオを無視しているようなのんびりした声色で、全世界に対して自分の名を告げたのだ。 「僕の名はニダベリールのブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」 その瞬間、全ハルケギニアが凍りついた。 え? 今、なんて? ニダベリールの……ブリミル? え? 聞き間違いでなければ、その名前を許されているのは、ハルケギニアの歴史上たったのひとり。 と、いうことは……つまり。 「し、ししししししし、始祖ブリミル、ご本人ーーーーっ!?」 沈黙から一転して、全ハルケギニアがひっくり返ったような混沌に陥った。 始祖ブリミル、その降臨。世界中で老若男女がひれ伏し、アンリエッタは気を失いかけ、カリーヌでさえ腰を抜かしそうになった。 遠方で見守るギーシュたちもトリスタニアのほうを向いてひざを突き、アニエスやミシェルたちも剣や杖を置き、元素の兄弟もさすがに唖然となった。 もはや、トリスタニアだけ見ても、トリステイン・ガリア・ロマリアどの軍も等しく平伏して身動きひとつしていない。 例外はガリアでジョゼフが爆笑していることと、彼らの目の前で才人が調子に乗っていることである。 「わっはっはっはっ! どーだ教皇、てめえがいくら偉くても、ブリミル教でこの人より偉い人はいねーだろ! ざまーみやがれ!」 胸がすっとなるような快感を才人は味わっていた。まるで悪代官に先の副将軍が印籠をかざしたり、将軍様が「余の顔を見忘れたか?」と言い放ったときのようだ。 だが、調子に乗る才人をルイズが頭を掴まえて床にこすりつけた。 「いってえ! な、なにすんだよルイズ」 「バカ! 始祖ブリミルの御前なのよ。なんて恐れ多い、あわわわわ」 ルイズもすっかり混乱してしまって目の焦点がぐるぐるさまよっている。しかしそんなルイズに、ブリミルは少し困ったように言った。 「ねえ君、ルイズくんといったよね。サイトくんも痛がっているし、やめてあげてくれないかな」 「い、いえそんな! 始祖ブリミルに対してそんな恐れ多い!」 「僕はそんなに偉い人間じゃないよ。少なくとも今はね。それに、友達に頭を下げられて愉快な人間なんかいないさ。さ、頭を上げて」 促されて、ルイズが恐る恐る頭を上げると、そこにはブリミルとサーシャが優しく微笑んでいた。 だが、優しげな表情を一転させて、ブリミルはヴィットーリオを鋭い視線で睨み付けると言った。 「さて、僕の名前を使ってさんざん悪いことをしてくれたみたいだね。僕はね、君たち子孫に争ってもらいたくていろんなものを残したんじゃない。僕らの時代に、世界は荒れ果てた。僕らがやったことはすべて、この世界が平和を取り戻し、僕らの子供たちが幸せに暮らせるようになることを願ってのことだ」 「くっ、し、しかし聖地は」 「それだけは詫びねばいけないね。たぶん、死ぬ前の僕はそれだけは心残りだったんだろう。だけど、聖地は人間だけが目指すべき場所じゃない。エルフも、ほかの亜人たちも、この星の生き物すべてにとって重大な意味があるところなんだ。いや、すべての生命が力を合わせなければ聖地には届かない。君のやろうとしていることは、聖地から遠ざかることだ」 「ぐぐ……」 「この場で偽りを認めればよし。だが、もしこれ以上の戦いを望むなら、僕も容赦はしない。君がよりどころとする虚無の、そのすべてを打ち砕いてあげるよ」 ブリミルのその一言が、教皇にとってのチェック・メイトであった。 教皇が正義を騙っていた、そのすべての根拠がひっくり返された。最後に残った虚無も、始祖ブリミルという絶対の存在にはかなわない。 もはやこれまで……ヴィットーリオは、連綿と続けてきた計略のすべてが失敗したことを認めた。 「数千年をかけて築き上げてきた我々のプランが、こんな形で崩壊させられるとは……ですが、たとえ我々がここで潰える運命だとしても、我々の後に続く者たちのために道をならしておくことにしましょう!」 ついに本性を隠すことを止めたヴィットーリオとジュリオの周りにどす黒いオーラが渦巻く。 来る! ついに根源的破滅招来体と、この世界で最後の決着をつける時が来たのだ。 あのときの借りを今返すと、才人とルイズは視線を合わせて手を握り合った。 そして、ファイターEXでもアスカが懐からリーフラッシャーを取り出していた。 闇に包まれたハルケギニアに再び光を。歴史に残る大戦争の、そのクライマックスが今、始まる。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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「土くれのフーケ?彼女が?」 ウェールズが唖然とした表情のまま、ルイズに問いかける。 マチルダが土くれのフーケだという事実は、あまりにも予想外だったのか、アンリエッタもウェールズと同じようにきょとんとした表情で固まっている。 「どこから話そうかしら…そうね、私が『死んだ』時のことから話しましょうか」 ルイズは、呆然としている二人に、土くれのフーケとの馴れ初めを話し出した。 吸血鬼になったルイズが、魔法学院を自主退学しようとした日は、奇しくもアンリエッタが魔法学院に立ち寄った日だった。 ロングビルとしてオールド・オスマンの秘書をしていたフーケは、アンリエッタが来る日に宝物庫の警備が手薄になると気づき、ゴーレムを用いて物理的に宝物庫を破壊しようとしていた。 宝物庫にはヒビが入っており、そこを土に練金してしまおうと思ったが、固定化を崩すことができなかった。 そのためゴーレムを用いて物理的に宝物庫の壁を破壊した。 フーケは、集まってくる衛兵の目を誤魔化すためゴーレムを囮として走らせ、その隙に反対方面に逃げようとした。 その時偶然、馬車に乗って立ち去ろうとするルイズが、フーケの姿を目撃しており、すぐさま追跡を開始した。 人間よりはるかに鋭敏な吸血鬼の五感を用いて、ルイズはフーケを追跡し、隠れ家を発見した。 そしてルイズはフーケと戦った、土くれのフーケがロングビルだったのには驚いたが、それ以上にルイズの心を支配したのは『喜び』だった。 情報収集のための手駒を欲していたルイズは、フーケをやんわりと説得し、協力を約束してもらった。 「ちょっと待ちなよ、どこが説得だよ、あの時アタシ本気で怖かったんだからね」 ルイズの説明を聞いていたマチルダが口を挟む、それを聞いてルイズはすこしむっとした顔で言い返す。 「何よ、あなた無抵抗な私を鉄で押しつぶすわ火で焼くわ、殺そうとしてたじゃない。私はぜんぜん手出ししてないわよ」 「よく言うわ、あんな殺気ぷんぷんさせて見つめられたら誰だって身を守るために攻撃するわよ」 「そう?」 ウェールズは「ははは…」と力なく笑った、苦笑と言った方がいいかもしれない。 アンリエッタを見ると、彼女もウェールズと同じように驚いていた。 ワルドは既にフーケのことを知っているので驚きはしなかったが、ルイズが楽しそうに喋っているのを見て、ほんの少しだけ嬉しそうにはにかんでいた。 「コホン……ルイズは私のこと騙してらしたのね。ずるいわ、もう」 アンリエッタがぷいと横を向いて拗ねてしまったが、どこかかわいらしい。 フーケのことを黙っていたのが気に入らないのか、演技がかった仕草で顔を逸らしている。 ルイズは「ごめんね」と言ってアンリエッタの手を取った。 「ごめんなさいね、アン。クックベリーパイの食べ方なんて、そんな細かいクセまで覚えていてくれて、私は嬉しかったわ…でもフーケの事まで言って良いのか、その時はまだ判断できなかったの」 アンリエッタはルイズの謝罪を聞いて、ふぅとため息をつき、一呼吸置いてから呟いた。 「仕方ありませんわね。土くれのフーケと言えばトリステインを騒がせた大盗賊ですもの。それにあの時の私は単なるお飾りでした…フーケのことを黙っていたのは、むしろ英断だったかもしれません」 ふとマチルダの表情を伺うと、アンリエッタを値踏みするような目で見つめていた。 一瞬だけ視線が交差すると、マチルダはふぅとため息をついてルイズに視線を移した。 「ルイズ。そろそろちゃんと説明してくれないかい。アタシをこの二人に紹介して何をしようってのさ」 「そうね、じゃあ説明をするけど…その前に仕掛けをしておかないとね」 ルイズが腕を前に出すと、腕に仕込んだ杖が筋肉によって押し出され、手のひらに三分の一ほど露出した。 それを握りしめ、静かにルーンを唱えていく、詠唱時間の長さからそれが『虚無』のルーンであることが予想できた。 ルイズは、屋根裏部屋の窓際に移動し、部屋の入り口である小さめの扉に向かって杖を向けた。 周囲から霧のようなモノが集まり、ぐにゃりと景色が歪むと、ルイズは杖を腕の中に収納してため息をついた。 「フーーっ……『イリュージョン』を使ったわ。衛兵が来ても音が漏れなければ大丈夫よ。無人の部屋に見えるわ」 そう言ってルイズは部屋床に座り込む、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。 「ルイズ、大丈夫?疲れたならベッドで横になった方が…」 アンリエッタがルイズの身を案じてくれたが、ルイズは首を横に振った。 「これぐらい大丈夫よ。ちょっと疲れただけ。気にしないで。……それじゃあマチルダを引き込んだ理由を、王子様から説明して頂こうかしら」 ウェールズはこくりと頷いてから、マチルダの方に向き直った。 「ミス・マチルダ。アルビオンから亡命・疎開した者は、確認されているだけでも二千人。そのうち540人が既に死亡している」 マチルダの眉がピクリと動いた。 「君を襲ったのは、私の部下達だ……だが彼らはニューカッスルと運命を共にし、僕を逃がすために皆死んでいったはずだ。生きているはずがない」 ウェールズの視線が、ワルドに移る。 「ラ・ロシェールで君を襲った連中の顔を、彼にも確認してもらったよ」 マチルダもワルドの顔を見る、偶然ワルドが通りかからなければ、今頃自分は死んでいた。 ワルドはちらりとマチルダに視線を移すと、おもむろに口を開いた。 「僕はニューカッスル城で、クロムウェルが死者を蘇らせるのを目の当たりにした。あの時生き返った近衛兵と同じ顔をしていたんだ。クロムウェルはアルビオンの衛士を操り人形にし、脱走者狩り、亡命者狩りをしている。 リッシュモンの元に出入りしている商人は、レジスタンスにも接触しているとアニエスから報告があった。それ以外のカネの流れを見ても、リッシュモンがアルビオンと繋がっているのは間違いない。」 「リッシュモンね…そいつ、ヘドが出るわ」 マチルダが呟く、その言葉はこの場にいる一同の思いを代弁していた。 ルイズが膝に手を置き、ゆっくりと立ち上がる。 首を左右に振るとゴキゴキと骨の鳴る音がした。 「ここからが大事なところよ。逃げ延びた者の話によると、レコン・キスタはレジスタンス狩りと称して、都市部だけでなく農村部にも捜索の手を伸ばしたと言っていたわ」 「……!」 マチルダの目が強く見開かれる。 ティファニアが危ない…そう思うと、居ても立っても居られなくなる。 マチルダはルイズに向き直ると、内心の焦りを隠そうともせず、強く言い放った。 「まどろっこしいね、アタシに何をして欲しいのか、見返りは何なのかとっとと言っておくれよ!」 ルイズは笑みを見せることなく、こくりと頷いた。 「ワルド共に街に出て、リッシュモン狩りを手伝って貰いたいの。これが私からの要求よ」 「見返りは?」 「リッシュモン狩りが終わり次第、私とワルドは『虚無』の魔法を駆使してアルビオンに潜入する予定なんだけど……そこに、貴方を追加してあげる」 「アタシをアルビオンに連れて行ってくれるのかい?アルビオンに到着した後は、アタシは何をすればいいのさ」 「ティファニアを守ってあげて」 「…それなら、言われるまでもないよ」 「交渉成立ね」 「何が交渉よ、はじめからアタシをハメる気じゃないか…」 「ごめんね…貴方の家族を引き合に出したら、確かにフェアじゃないわよね」 「フン…ああ、そうだそうだ、折角だから今ココで質問させて貰おうかね」 マチルダは、ウェールズとアンリエッタを睨み付けた。 とうの昔に貴族の立場を追われた身だが、心の何処かで『無礼だ』と自分に言い聞かせている気もする。 「ティファニアの身の安全は、保証して貰えるんだろうね? でなければ…今度こそアンタを殺す」 殺気を隠さずに話すと、いつになく低い声が出てしまう。 マチルダは本気で、ウェールズに殺意を向けていた。 「始祖ブリミルに誓って。そして彼女の従兄妹として、約束する」 ウェールズはマチルダの殺意に怯えることもなく、力強く頷く。 「私も約束いたしますわ、ミス・ティファニアは私にとって従姉妹にあたります。彼女が日の目を望むのならそれを、望まぬのならそのままに彼女を守りましょう」 二人の言葉を聞いたマチルダは、身をかがめ、恭しく跪いた。 小一時間後、ワルドの遍在とアニエスは、リッシュモンの家の近くで身を隠し、機会をうかがっていた。 アニエスは馬に乗ったままじっとリッシュモンの邸宅を見張っており、ワルドはその傍らに立っている。 アニエスに背負われているデルフリンガーも、こんな時に無駄話をするほど野暮ではない。 体の冷えを感じた頃、リッシュモンの屋敷に動きがあった、静かに扉が開かれると、年若い小姓が顔を出していた。 年の頃は十二、三歳ほどだろうか、頬の赤い少年がカンテラを掲げて、恐る恐る周囲を見渡している。 辺りに人の気配がないと思ったのか、小姓は門の中に姿を消し、すぐに馬を引いて姿を現した。 小姓は馬に飛び乗ると、カンテラを持ったまま馬を走らせ、繁華街の方角へと走り出した。 アニエスはそれを見て、薄い笑みを浮かべると、小姓の持つカンテラの明かりを目指して追跡を開始した。 ワルドはアニエスの馬に飛び乗ると、自身とアニエスに『レビテーション』をかけ、馬の負担を減らした。 小姓はかなり急いでいるようで、後ろからでも必死に馬に掴まっているのが解る、アニエスは気取られぬ程度に距離を保ち、ひたすら小姓を尾行していった。 しばらくすると小姓の乗る馬は高級住宅街を抜け、繁華街へと入っていった、繁華街と言ってもその奥にはいかがわしい店もある、いくら急いでいるとはいえ、リッシュモンの小姓が繁華街の裏通りに入っていくのは怪しすぎた。 途中、女王を捜索する兵士達や、夜を楽しむ酔っ払いの脇をすり抜けて、目的の場所にたどり着いた。 アニエスは少し前から馬を下り、ワルドの『サイレント』で足音を消しながら小姓を追いかけている、裏路地をいくつか曲がったところでアニエスは、小姓がある宿屋に入る瞬間を目撃した。 「小姓はメッセンジャーだ、あれが出て行ったら中に入ってくれ」 「わかった」 アニエスはワルドに指示すると、宿屋に入り小姓の後を追った。 ワルドは宿屋の前を通り過ぎ、別の角度から入り口を見張る。 魔法衛士であったワルドは剣状の杖を愛用していたが、剣状の杖は目立つので今は所持していない、義手に仕込んだ杖を取り出して、右手で杖の重さを確かめつつ待つこと五分。 ワルドは、宿屋から小姓が出てくるのを見届けると、ルーンを唱えて義手を外した。 その間に小姓は馬に跨って、夜の街へと消えていく。 それを見送りながら、ワルドは外した義手を鞄の中に入れると、ローブを脱ぎ捨てて腕を露出させた。 レビテーションの応用で頭に布を巻き付けると、そのままゆっくりと宿屋の中に入っていった。 隻腕の傭兵など珍しくない、ワルドが宿屋に入ると、店の者はワルドを一瞥しただけで、特に興味も示さなかった。 ちらりと二階に続く階段を見ると、階段からアニエスがワルドに視線を向けていた。 ワルドとアニエスが二階へと移ると、アニエスは小声で客室の番号を呟いた。 「203…そこに間者がいる。合図をしたら扉を吹き飛ばしてくれないか、時間をかけて鍵を開けていたら逃げられてしまうからな」 「扉を吹き飛ばすのは簡単だが、証拠まで吹き飛ぶぞ」 「そのときは自白させる」 ワルドはアニエスの言葉を聞き、にやりと笑みを浮かべた。 腰に差した杖を握りしめると、短く一言『エア・ハンマー』のルーンを口ずさむ。 瞬間、木製のドアが粉々に砕け散った。 間髪いれず、剣を引き抜いたアニエスが中に飛び込む、中では商人風の男が、驚いた顔でベッドから立ち上がり杖を握りしめていた。 男は部屋に飛び込んできたアニエスにも動じることなく、素早く杖を突きつけルーンをつぶやいた、それによってアニエスの体が空気の固まりに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。 商人風の男がアニエスにとどめの呪文を打ち込もうとしたとき、不意に自分の腕が視界から消えた。 ワルドの『エア・ハンマー』が、商人風の男の、杖を持つ手に直撃したのだ。 男はあらぬ方向に曲がった手を見て、ほんの一瞬呆気にとられたが、すぐさま逆の手で床に落ちた杖を拾おうとした。 だが、立ち上がったアニエスが、杖を取ろうとした男の腕を剣で貫いた。 「うがあっ!?」 そのまま床に転がった杖を蹴飛ばすと、アニエスは捕縛用の縄を掴んで男を捕縛する。 商人のようななりをしている中年の男だが、目には戦士のような眼光が宿りぎらついている、それなりの実力を持った貴族なのかもしれない。 「動くな!」 アニエスが男を捕縛して猿ぐつわを噛ませたところで、何人かの宿の者や客が集まって、部屋を覗き込もうとしていた。 「手配中のこそ泥を捕縛した。見せ物ではないぞ」 そうワルドが呟くと、宿の者はとばっちりを恐れて、顔を引っ込めた。 リッシュモンからの手紙を見つけると、アニエスはその内容を確かめ笑みを浮かべた。 他にも机の中や、男の服の中、ベッドの下などを洗いざらい確かめていくと、いくつもの書類や手紙が見つかった。 アニエスはそれらを纏めると、内容を確かめるため、一枚ずつゆっくりと読み始めた。 「なるほど、この男か」 商人風の男を見て、ワルドが呟く。 「知っているのか?」 アニエスがワルドに問うと、ワルドは鞄から取り出した義手を装着しつつ答える。 「いや、見たことはない。僕に接触したアルビオンの間諜とは別の奴だ」 「そいつは?」 「一昨日始末したよ」 事も無げに言うワルドに、アニエスは「ほう」と簡単の声を漏らす。 「さて…親ネズミと落ち合う場所は…」 アニエスはいくつもの書類の中から、一枚の紙を見つけた。 それは建物の見取り図のようであり、いくつかの場所に印がついている、座席数から見て城下町の劇場に間違いはないだろう。 「貴様らは劇場で接触していたのだな? そしてこちらの手紙には『明日例の場所で』と書かれている…ならば例の場所とは、この見取り図の劇場に間違いないか?」 アニエスの問いにも、男は答えない。じっと黙ってアニエスから目をそらしている。 「答えぬのか。ふん、貴族の誇りとでも言うのか」 アニエスは冷たい笑みを浮かべると、床に突き刺した剣を抜いた。 そのまま男の足の甲に剣を突きたて、床に縫いつける、すると猿轡を噛まされた男がうめき声を上げ、体を硬直させて悶絶した。 そして、男の額に拳銃を突きつけ、静かに言い放つ。 「二つ数えるうちに選べ…生か、誇りか」 商人風の男は、額に汗を浮かべて狼狽えた。 ガチッ、という音が響き、撃鉄が起こされる。 ワルドはその様子を見て、何か思うところがあった。 『石仮面』の正体がルイズだと知らず、全力を以て石仮面を殺そうとした、あの時の自分とよく似ている。 石仮面を殺すことこそが自分の存在意義だと思いこんでいたあの時と、とてもよく似ている。 アニエスは、リッシュモンと、ダングルテールの虐殺に関わったすべての人間を殺すために、生きているつもりなのだろう。 だからこそアニエスは、復讐のためならどこまでも残酷になれる。 涙を流しながら、アニエスの尋問に答える商人風の男を見て、ワルドはやれやれと首を振った。 そして夜は明け、昼が近づく。 サン・レミの聖堂が鐘をうち、十一時を告げると、申し合わせたようにトリスタニアの劇場前に馬車が止まった。 馬車から降りた男は、タニアリージュ・ロワイヤル座を見上げた、リッシュモンである。 御者台に座った小姓が駆け下りて、リッシュモンの持つ鞄を持とうとしたが、リッシュモンがそれを制止した。 「よい。馬車で待っておれ」 小姓は一礼して御者台に戻った、リッシュモンはそのまま劇場の中へ入っていき、切符売りの姿を見た。 切符売りはリッシュモンの姿を認めると一礼し、そのままリッシュモンを中へと通してしまう。 高等法院長の彼にとって、芝居の検閲も職務の一つなので、彼の姿を知らぬ者は劇場にいないのだった。 中にはいると、客席は若い女の客ばかりだったが、席はほとんど空いている。 開演当初それなりの人気があった演目だが、役者の演技がひどいため評者に酷評され、その結果客足が遠のいたらしい。 リッシュモンは彼専用の座席に腰掛け、じっと幕が開くのを待った。 続いて劇場の前にやってきたのは、アニエスと、ワルドの遍在だった。 劇場の前でしばらく待っていると、二人の前にもう一人のワルドと、ウェールズ、そしてアンリエッタが姿を現した。 アンリエッタとウェールズは平民の服を着ていたが、その気品は見間違えようもない。 その姿を確認すると、ワルドの遍在はポン!と音を立てて煙のように消えてしまった。 アニエスとワルドは、アンリエッタの前で、地面に膝をついた。 「用意万端、整いましてございます」 アニエスが呟くと、アンリエッタがにこりと笑顔を見せた。 「ありがとうございます。あなたはほんとに、よくしてくださいました。そして子爵も…よくつとめて下さいましたね」 アンリエッタは、アニエスとワルドを労った。 辺りに気をつけていたウェールズが、遠くにグリフォンとマンティコアの姿を確認した。 獅子の頭に蛇の尾を持つ幻獣にまたがった、魔法衛士隊の隊長は、劇場の前に居た者達を見つめて目を丸くした。 「なんと!これはどうしたことだアニエス殿!貴殿の報告により飛んで参ってみれば、陛下までおられるではないか!」 苦労性の隊長は慌てた様子でマンティコアから降り、アンリエッタの元に駆け寄った。 「陛下! 心配しましたぞ! どこにおられたのです! 我ら一晩中……」 声を張り上げる隊長に向けて、アンリエッタは口を塞ぐジェスチャーをした。 口を閉じた隊長の前で、アンリエッタはフードを深く被り、必要最低限の声で呟いた。 「心配をかけて申し訳ありません。それより隊長殿に命令です。貴下の隊でこのタニアリージュ・ロワイヤル座を包囲して下さい。蟻一匹漏らさぬようにです」 隊長は一瞬、怪訝な顔をしたが、アンリエッタが姿を隠さねばならぬほどの重大な事件であると悟り、すぐに頭を下げた。 「御意」 「尚、事情はそちらのワルド子爵がご存じです。子爵、隊長殿に説明をした後、『彼女』に合流しなさい」 「御意に」 「な、子爵殿…!?」 ワルド子爵と聞いて、隊長は目を丸くした。 魔法衛士隊の中では、彼はトリステインを裏切ったなどと噂されているのだ。 事実、彼はトリステインを裏切り同胞を手にかけていたし、その事実も報告されている。 そんな彼が陛下の元でアニエスと行動を共にしていた……隊長は驚きと疑いのあまり、ワルドの顔をまじまじとのぞき込んでしまった。 「それでは、わたくしは参ります」 アンリエッタは、ウェールズと共に劇場へと消えた。 アニエスは別の密命があるのか、馬にまたがりどこかへ駆けていく。 隊長とワルドは立ち上がると、部下に劇場を包囲するよう命令を下した。 「…ワルド子爵、その、説明をして頂けるか?」 「長くなるぞ。まあ細かいところは後にしよう……さてどこから話そうか」 マンティコア隊隊長の問いに、ワルドは笑顔で答えた。 劇場の中で、幕があがり、芝居が始まる。 女向けの芝居なので、観客は若い女性ばかり。 役者たちが悲しき恋の物語を演ると、それに合わせてきゃあきゃあと黄色い歓声が上がる。 リッシュモンは眉をひそめていた、役者の演技が悪いからではない、若い女どもの声援が耳障りなわけでもない、約束した時刻になったのに待ち人が来ないのだ。 リッシュモンは、女王の失踪について、さまざまな考えを巡らしていた。 アルビオンからの間者が自分に何の報告もせず女王を誘拐したとは思えない。 トリスタニアにアルビオン以外の、第三の勢力があるのか、それとも単に自分を通さず行ったアルビオンの工作なのか……。 「面倒なことだな」 リッシュモンは、小声で呟いた。 そのとき、自分のすぐ隣に客が腰掛けた。アルビオンの間者だろうかと思ったが、そうではない、深くフードを被った女性がそこに座っていた。 その隣にも男が座っていた、どうやら二人組らしい。 リッシュモンは、小声で隣に座った二人組にたしなめる。 「失礼。連れが参りますので、よそにお座りください」 しかし、二人組は立ち上がろうとしない、リッシュモンは苦々しげな顔で横を向き、再度口を開いた。 「聞こえませんでしたかな? マドモワゼル」 「観劇のお供をさせてくださいまし。リッシュモン殿」 フードの中から覗く顔を見て、リッシュモンは目を丸くした。失踪したはずのアンリエッタがそこに居たのだ。 「せっかくの演劇です、相伴させて頂きましょう」 更にその隣に座る男は、よくよく見てみれば、ウェールズ・テューダーである。 アンリエッタは、舞台を見つめたまま、リッシュモンに問いかけた。 「これは女が見る芝居ですわ。ごらんになって楽しいかしら?」 リッシュモンは内心の焦りをおくびにも出さず、落ちつきはらった態度で、深く座席に腰掛けた。 「芝居に目を通すのは私の仕事です。そんなことより陛下、そして殿下…。お隠れになったと噂がありましたが。ご無事でなによりでございます」 「劇場で落ち合うとは、考えたものですわね。あなたは高等法院長ですし。芝居の検閲も職務のうち。あなたが劇場にいるのを不審がる人などおりませんでしたわ」 アンリエッタの言葉に、ウェールズが続く。 「今までは、ね」 リッシュモンの目つきが、ほんの少しだけ厳しいものに変わった。 「さようでございますかな。それにしても、私の何をお疑いで?私が、愛人とここで密会しているとでも?」 リッシュモンが笑う。しかし、アンリエッタは笑わず、まるで狩人のように目を細めた。 ウェールズは腰に差した杖を握りしめ、いつでも魔法が発動できるように心を落ち着けていく。 「お連れのかたをお待ちになっても無駄ですわ。切符をあらためさせていただきましたの」 そう言って、手に持ったメモを取り出す、それはリッシュモンが小姓に持たせた手紙だった。 「この切符、劇場ではなく牢獄の切符のようだね。この切符を受け取った商人は今頃チェルノボーグの監獄だよ」 ウェールズが皮肉たっぷりに言い放った。 「ほほう!なるほど、お姿をお隠しになられたのはそのためですか。私をいぶりだすための作戦だったというわけですな!」 「そのとおりです。高等法院長」 「私は陛下の手のひらの上で踊らされたというわけか!」 リッシュモンの口調が強くなると同時に、劇場の声が一斉に止んだ。 「まったく……、小娘がいきがりおって……。誰《だれ》を逮捕するだって?」 「なんですって?」 「私にワナを仕掛けるなど、百年早い。そう言ってるだけですよ」 気がつくと、今まで芝居を演じていた役者たち、男女六名ほどが、上着やズボンに隠していた杖を引き抜いていた。 アンリエッタとウェールズの二人に杖を向けると、若い女の客たちは、突然のことに驚き、わめき始めた。 役者の一人が観客に向かって叫ぶ。 「静かにしろ!顔を伏せていれば、殺しはしない」 劇場の中で風が舞う、メイジが脅しをかけるために風を作り出したのだ。 それに驚いたのか、観客は萎縮し、そのまま身を伏せてしまった。 だが、そんな状況にあっても、アンリエッタは毅然とした態度を崩さないで、リッシュモンに言い聞かせるように言葉を放つ。 「……信じたくはなかった。あなたが、王国の権威と品位を守るべき高等法院長が、かような売国の陰謀に荷担しているとは……」 「陛下は私にとって、未だなにも知らぬ少女なのです」 「貴方は、私が幼い頃より、わたくしを可愛がってくれたではありませんか、わたくしを敵に売る手引きをしたのは、私を未だに少女だと思っているからでしょう」 「その通り。貴方は無垢な、いや無知な、少女。それを王座に抱くぐらいなら、アルビオンに支配されたほうが、まだマシというものですな」 ウェールズは内心は怒りに燃えているが、多数のメイジに囲まれたこの状況では何もできなかった。 「私を可愛がってくれた貴方は、偽りだったのですか?」 「主君の娘に愛想を売らぬ家臣などおりますまい」 アンリエッタは、自分の信じるべき家臣がまた一人減ってしまったのかと、悲しみに目を閉じた。 信じていた人間に裏切られるのは辛いが、裏切られたわけではない、この男は出世のために自分を騙していたのだ……と自分に言い聞かせた。 この作戦を発案したアニエスと、それを実行に移す決意をしたウェールズがいなければ、自分はリッシュモンの正体に気付かぬまま過ごしていただろう。 リッシュモンの言うとおり、自分は子供なのかもしれない。 でも、もう子供ではいられない……アンリエッタは毅然とした口調で、リッシュモンに告げた。 「あなたを、女王の名において罷免します、高等法院長。おとなしく、逮捕されなさい」 「ははは!野暮を申されるな。これだけのメイジに囲まれて、逮捕されるのは貴方がたでしょう。陛下だけでなく殿下の命もこの手に握れるとは、いやはや私の日頃の行いはよほど良いと見える」 「外はもう、魔法衛士隊が包囲しておりますわ。さあ、貴族らしいいさぎよさを見せて、杖を渡してください」 「まったく……、小娘がいきがりおって……。かまわん、痛めつけてやれ」 リッシュモンがそう言うと、次の瞬間、ドォン!と、何十丁もの拳銃の音が轟いた。 音響を考慮された劇場の中で、まるで雷鳴のようにも聞こえ、皆の鼓膜を叩く。 拳銃の黒煙が晴れると、役者に扮したメイジたちが、舞台の上で無惨な姿をさらしていた。 体中にいくつもの弾を食らい、呪文を唱える間もなく撃ち殺されているのだ。 リッシュモンの顔色が変わる、余裕の笑みは消えており、目を丸くして客席を見ていた。 客席に座っていた女性達は、実は皆銃士隊の隊員たちだった。 銃士隊は、全員が若い平民女性で構成されているため、リッシュモンにも、役者達にもその正体が見抜けなかった。 ウェールズが立ち上がると、アンリエッタに杖を手に持つよう促す。 そしてリッシュモンに冷たい声で言いはなった。 「リッシュモン殿。 銃声は、終劇のカーテンコールだ」 リッシュモンは、ふらふらと立ち上がると、高らかに笑った。 銃士たちがいっせいに短剣を引き抜き、ウェールズが杖を向ける。 気がふれたかと思えるほどの高笑いを続けながら、リッシュモンはゆっくりと舞台に上る。 その周りを銃士隊が取り囲み、剣を向けていた。何か怪しい動きを見せれば、即座に串刺しにする態勢だった。 「往生際が悪いですよ! リッシュモン!」 アンリエッタが叫ぶ、だがリッシュモンは笑みを崩さない。 「ははは…まったく、ご成長を嬉しく思いますぞ、陛下! 陛下は実に立派な脚本家になれますなぁ!この私をこれほど感動させる大芝居……くくくく」 リッシュモンは大げさなな身振りで両手を開くと、周りを囲む銃士隊を見つめた。 「さて陛下……陛下が生まれる前からお仕えしている、私からの、最後の助言です」 「おっしゃい」 「昔からそうでございましたが、陛下は……」 リッシュモンは舞台の一角に立つと、足で、どん!と床を叩いた。 ウェールズが即座に『エア・カッター』を唱えようとしたが、それよりも早くリッシュモンの足下が落とし穴のように開かれた。 「詰めが甘い!」 リッシュモンはそう言い残すと、身をかがめてまっすぐに落ちていった。 銃士隊が駆け寄り落とし穴の中を見ようとするが、即座に床が閉じてしまい、押しても引いても開かない。 「銃士隊!離れろ!」 ウェールズがそう叫び、エア・ハンマーを床に打ち込む。 ドン!と音がして床板が弾けたが、床板の下から出てきたのは頑丈そうな鉄板であった。 ガーゴイルか、ゴーレムか、何らかの強固な魔法技術で作られた仕掛けのようだ。 「出口と思わしき場所を捜索!急いで!」 アンリエッタはそう叫ぶと、悔しさに唇をかみしめた。 リッシュモンが逃げた穴はいざという時の脱出路であり、リッシュモンの屋敷まで地下通路で一直線に繋がっている。 屋敷まで戻れれば何とでもなる、集めた金を持ち、アルビオンから送られてくる間者に協力を求めれば、アルビオンで再起も可能だ。 リッシュモンは杖の先に魔法の明かりを灯しつつ、亡命計画を反芻していた。 「しかしあの姫にも、王子にも困ったものよ」 リッシュモンは亡命した後のことを考えて、顔を醜く歪めた。 クロムウェルに願い出て、一個連隊預けてもらおう。 そして今度は、アンリエッタを捕まえて、ウェールズに見せつけるように辱めてから殺してやる。 そんな想像をしながら、地下通路を歩いていると、あるはずのない人影が見えた。 リッシュモンは思わず後ずさり、人影に向かって杖を向け身構える。 「おやおやリッシュモン殿。変わった帰り道をお使いですな」 暗闇の中から姿を現したのはアニエスだった、薄い笑みを浮かべてリッシュモンを見据えている。 「貴様か…」 リッシュモンは笑みを見せて答えた。 この秘密の通路を知っているのは痛いが、メイジではない、ただの剣士ごときに待ち伏せされても何のことはない。 リッシュモンは他のメイジ同様、剣士というものを軽く見ていた。 「ふん、どけ。貴様と遊んでいる暇はない。この場で殺してやってもよいがな」 リッシュモンの言葉に、アニエスは銃を抜いた。 「…私はすでに呪文を唱えている。あとはお前に向かって解放するだけだ。二十メイルも離れれば銃弾など当たらぬ。命を捨ててまでアンリエッタに忠誠を誓うか?そんな義理など、平民の貴様にはあるまい」 「陛下への忠誠ではない」 アニエスが殺意を含んだ声で答えた。 「なに?」 「…ダングルテール」 アニエスの言わんとしていることに気付き、リッシュモンは笑った。 リッシュモンの屋敷を去るとき、わざわざダングルテールの事をアニエスが問いかけていたが、その理由がわかったのだ。 「なるほど、貴様はあの村の生き残りか!」 「貴様に罪を着せられ、なんの咎もなかった、わが故郷は滅んだ」 アニエスは、唇をかみしめ、腹の底から絞り出すような声で言いはなった。 「貴様は、わが故郷が『新教徒』というだけで反乱をでっちあげ、焼き尽くした。その見返りにロマリアの宗教庁からいくらもらった?」 リッシュモンは、にやりと唇をつりあげ、笑った。 「金額など聞いてどうする、教えてやりたいが、賄賂の額などいちいち覚えておらぬわ。聞いたところで貴様の気など晴れまい?」 「浅ましい奴だ。金しか信じておらぬのか。”元”高等法院長」 「ハハハ!おまえが信じる神と。私愛するカネと、いかほどの違いがある?……ああ、卑しい身分の信じる神など、貴族の愛するカネと比べれば塵芥にも等しいわな」 すぅ、とアニエスの頭が冷めていった、怒りで熱くなるのではなく、怒りが体から温度という感覚を失わせている。 これ程の怒りがかつてあっただろうかと、アニエスは思った。 「殺してやる」 「お前ごときに貴族の技を使うのは勿体ない、が、これも運命かね」 リッシュモンは短くつぶやき、呪文を解放させると、杖の先端から巨大な火の玉が出現してアニエスに向かって飛んでいった。 リッシュモンは、アニエスが苦し紛れに拳銃を撃つかと思ったが、アニエスは拳銃を捨ててマントを翻した。 バシュウ!と音がしてマントが燃える、アニエスは水袋を仕込んだマントで炎を受け止めたのだ。 だが火の勢いは弱くなるだけで、消えたわけではない、残った火球がアニエスの体にぶつかり、身に纏った鎖帷子を熱く焼いた。 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああッ!」 しかしアニエスは倒れない。 体が焼け付く痛みと恐怖を乗り越え、剣を抜き放ちリッシュモンに向かって突進した。 自分が絶対優勢だと信じて疑わなかったリッシュモンは、思いがけない反撃に慌て、次の呪文を放った。 風の刃がアニエスを襲う、鎖帷子と板金で作られた鎧が致命傷を防いでいるが、体に無数の切り傷を負ってしまう。 更に次の魔法をリッシュモンが唱えようとした瞬間、アニエスはリッシュモンの懐に飛び込み、リッシュモンの体ごと地面に転んだ。 「うお……げぷっ」 リッシュモンの口からは、呪文ではなく、赤い血が溢れた。 アニエスの剣がリッシュモンの体を貫通し、柄まで深くめり込んでいたのだ。 「貴様は、剣や銃など、おもちゃだと抜かしたなっ……これは、これは武器だ、我等が貴様ら貴族に一矢報いんと、磨き続けた牙だ、このまま、死ね…! アニエスは全身に火傷と切り傷を負い、気絶しそうな痛みの中で、剣をねじり込んだ。 ごぼごぼと、リッシュモンが大量の血を吐き、手に持った杖が地面へと落ちるた。 バシュゥ!と音が鳴って、リッシュモンの姿が、木目の浮かぶ人形に変わる。 「!?」 アニエスが驚くと、アニエスの体に空気の固まりが衝突した、アニエスは地下通路の壁に叩きつけられてしまったが、辛うじて頭を打ち付けずに済んだ。 だが、あまりの衝撃に呼吸が乱れ、声が出せない。 通路の奥に目をやると、そこには、無傷のリッシュモンが杖を翳していた。 「ふん、アルビオンを脱出した『騎士』が平民のフリをしていると聞いたが…どうやら貴様ではないようだな」 リッシュモンはそう言って、人形の胸に突き立ったアニエスの剣を引き抜く。 「詰めが甘い、主君に似て貴様も詰めが甘いな、これは『木のスキルニル』という魔法人形だ。血を垂らせばメイジでも平民でもまったく同じ姿を取り、身代わりになってくれるのだよ、言うなれば魔法で動く影武者だ」 そう言うと、リッシュモンはアニエスに近づき、眼球の寸前で剣をちらつかせた。 「目か?鼻か?耳か?お前の牙でお前を削いでやりたいところだが、時間もない。スキルニルを倒した手並みに敬意を表し、心臓を突いてやろう」 「……が………貴様ァ……!」 アニエスがリッシュモンを睨んだ、だがリッシュモンはそれに笑みを返すほど、余裕の態度を見せている。 「新教の神とやらに”なぜ助けてくれないのか”と恨み言でも言うがいい」 リッシュモンは、ゆっくりと剣を振り上げ…… 瞬間、土煙が舞った。 慌ててリッシュモンが剣を突き刺そうとするが、なぜか剣が動かない。 リッシュモンは、すぐさま剣から手を離し、後ろに飛び退きつつルーンを詠唱した。 先ほどより一回りも二回りも大きい火球が杖の先端に現れ、土煙に向かって放たれる。 だが、その火球は、土煙の中からゆらりと姿を現した、片刃の大剣に飲み込まれ消滅してしまった。 「な、なん……」 リッシュモンが狼狽え、更に後ずさる。 轟々と音がして土煙が消えていく、よく見ると、天井に穴が開き、そこから土煙が逃げていた。 土煙が貼れると、一組の男女がリッシュモンの前に立ちはだかっていた。 一人は茶色の髪の毛を靡かせた少女で、不釣り合いなほど大きな剣を持っている。 もう一人はリッシュモンのよく知る男、元魔法衛士隊グリフォン隊隊長の、ワルド子爵であった。 「アニエス、生きてる?」『よう、大丈夫かねーちゃん』 「………?」 やっと呼吸が落ち着いてきたアニエスは、激痛に絶えながらルイズの顔を見上げた。 よく見ると、ルイズの降りてきた穴の向こうで、マチルダが地下通路をのぞき込んでいる。 「ばかな!土のトライアングルでもこの通路は破れんはずだ!」 リッシュモンが狼狽えて声を荒げたが、ルイズはそれを聞いて笑みを浮かべ、上を見上げた。 「トライアングルじゃ無理みたいだけど、ホント?」 「こりゃ手抜き工事だね。トライアングルがライン程度の仕事しかしてなかったんじゃないかい?」 ルイズが問いかけると、穴の上からマチルダが答えた。 「ま、深さだけはそれなりだと認めてやるけどね」 マチルダはそう言って腕を組んだ、地下通路は二十メイル以上深くにあり、土くれのフーケと呼ばれたマチルダでも探すのは困難だった。 だがひとたび探り当てれば、そこまで練金で穴を掘ることぐらい容易い。 「裏切り者のワルド子爵までご一緒とはな、驚かされる」 「裏切り者か、お互い様だな」 ワルドが氷のような笑みを浮かべて答えると、リッシュモンは恐ろしさのあまり体を震わせた。 ルイズが上を見上げて、マチルダに呟く。 「アニエスの怪我が酷いわ、水のメイジを呼んで」 「アタシが呼ぶのかい?」 「メイジじゃなくて銃士隊の隊員に言えばいいでしょ」 「わかったよ」 マチルダの姿が見えなくなると、ルイズは改めてリッシュモンを見た。 リッシュモンもまた、ルイズを見ている。 「…その剣…まさか貴様が『騎士』か」 「答える義理はないわね」 ルイズが両手を左右に広げ、わざとらしいジェスチャーをすると、リッシュモンが杖を向けてルーンを唱えた。 ルイズの持つ剣は、魔法を吸収するマジックアイテムだと考えたリッシュモンは、その長さを見て地下通路で振り回すには大きすぎると判断した。 もう一度スキルニルを使えば逃げ切れるかも知れない、そう考えて牽制のために魔法を放ったのだが、それよりも早くルイズが一瞬で間合いを詰めた。 次の瞬間、地下通路の壁ごとリッシュモンの腕を斬り飛ばした。 ぼてっ、と腕の落ちる音を聞いて、リッシュモンが悲鳴を上げる。 「……ああ あああああああああああああうわああああああああああああああ!!」 「次は僕の番だな」 ワルドがそう呟くと、レビテーションを唱えてリッシュモンの体を浮かせた。 ゆっくりとリッシュモンの側に近寄ると、ワルドは小声で囁く。 「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」 「ひぃ、ひいい……」 「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」 「ああ、あああうううう」 「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」 「ひっ……ああ、あの、何のことだ」 「リッシュモン、僕の母の味はどうだった?」 ワルドはリッシュモンから視線を外さず問いつめていく、リッシュモンは全てバレていると思い、観念したのか、震える声でこう答えた。 「か、彼女は、とても聡明で、わ、私は彼女を気に入っていた」 「リッシュモン、僕はそんなことを聞いているんじゃない、おまえは僕の母を抱いたんだろう?どうだった?」 「とても、そうだ、とても美しかった、はは、はははは…」 「なら未練はないな」 脂汗を浮かべ、渇いた笑いを出したリッシュモンだったが、不意に『レビテーション』が解かれて背中から地面に落ちた。 うぐ、とうめき声を上げ、無防備になったリッシュモンの股間を、ワルドは勢いよく踏みつぶした。 「 ひ 」 ぶつっ、と何かが潰れた音が、地下通路に響いた。 「悪趣味な問いをするわね」 ルイズがそう呟くと、ワルドは苦笑して答える。 「自分でもそう思うよ」 ワルドは、アニエスの剣を拾い上げると、アニエスの腕を掴んで立ち上がらせた。 「うっ…」 アニエスは、体を走る痛みに耐えようとしているが、こらえきれずに声を上げてしまう。 「僕は両親を殺されたが…君は故郷ごと滅ぼされたそうだな。止めは君が刺すんだ…君にはその権利がある」 そう言って、ワルドがアニエスに剣を手渡すと、アニエスはワルドの手を振り払い、剣を杖代わりにしてゆっくりとリッシュモンに近づいていった。 口を開き、ヨダレを垂らして硬直しているリッシュモンに近寄ると、アニエスは剣を胸に突き立て、ゆっくりと力強く差し込んでいく。 リッシュモンは体をよじらせて、逃げようともがくが、既に剣は心臓を貫いている。 「ごぼっ、ごあ、あぶっ」 今度こそ本物のリッシュモンが、血を吐き出して悶え苦しみ、体を震わせた。 しばらくすると、白目を剥いて背を逸らし、リッシュモンは息絶えた。 「…ハァッ……ハァ…」 アニエスは息を荒げ、リッシュモンの亡骸を見つめた。 あっけない。 何の達成感も、なんの感動もない。 ただ、虚しいだけだった。 アニエスは、虚脱感に襲われると同時に、その意識を手放した。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (55)英雄的な行為 シルフィードの翼が風を切り裂き、風竜は俊敏な動きで空へと駆け上がっていく。 目標はウェザーライトⅡから放り出された二人。モンモランシーとギーシュ。 「タバサ!?」 吸引力によって気流が乱れ、周囲は嵐のように風が猛威をふるっている。 そんな中を縫って現れた救いの主に、モンモランシーが驚きの声を上げた。 他方、助けに来たタバサはこのような状況にあっても普段と変わらぬ無表情で、おおよそ何を考えているか分からない顔だ。 そんな彼女が、口を開いた。 「……手」 「!」 ごうごうと騒ぐ風音が邪魔で、モンモランシーには彼女が何を言ったのかをよく聞き取ることができなかった。 だが、すっと差し出された手の意味だけははっきり理解できた。 慌ててギーシュの方を確認すると、彼はすでにタバサの使い魔であるドラゴンに、マントの端を咥えられていた。 残るが自分だけ。そう悟るとモンモランシーはその手を捕らえるべく、精一杯腕を伸ばしたのだった。 主人がモンモランシーを捕まえたことを確認すると、シルフィードは一転、上昇から急降下へと移った。 「全くもうっ、なんて飛びにくい空なのねっ!」 ギーシュを口から手に持ち替えたシルフィードが文句を言う。 何せ昇る分には追い風だが、降る今度は向かい風なのだ。こんな空を飛ぶ経験などそうそう無い。 「我慢して」 そう言うタバサも、先ほどから進行方向にある障害物を呪文で排除して進路を確保する作業で余裕が無い。 風の竜と風のメイジだからではない。最高に息のあった二人だからこそ、この空を自由に飛べるのだ。 「タ、タタタタ、タバサ! あなたの使い魔、喋ってる!?」 「黙ってて。舌を噛む」 モンモランシーの声を一言で制してタバサは早口にルーンを唱えた。 低位の風呪文を発動させて、粉砕されたフネの破片の軌道をずらす。 落ち着いているように見える彼女だったが、その額からは一筋汗が流れていた。 シルフィードは吹き上がる気流を見切り飛ぶ。その姿は正に〝風の精〟の呼び名に相応しい美しさを備えていた。 だが、この空は彼女の独壇場に非ず。 シルフィードが一つ羽を大きく羽ばたかせ、急激にその軌道を変化させた。 その直後、先ほどまでシルフィードが飛んでいた軌道を、強烈な稲妻が貫いていった。 「お姉さま! 何か後ろにくっついてきた!」 「振り切って」 急降下からまた一転。今度は水平に体勢を立て直し、シルフィードは乱れに乱れた風の中をジグザグに飛翔する。 しかしその背後にぴったりとくっついて、嬲るようにして稲妻が数度走る。 前方に障害となるものがないのを見取ってから、タバサは敵の姿を確認するべく、背後を振り返った。 すると、シルフィードの背後およそ五十メイルの位置で、こちらにぴったりと張り付いてきている赤い竜の姿が確認できた。 この出鱈目な空は、シルフィードの独壇場に非ず。 嵐の次元〝ラース〟の空を我がものとしていたその稲妻のドラゴンから見れば、この程度の空は上機嫌な天気と同じなのである。 「無理! 二人もお荷物抱えたままじゃ絶対追いつかれちゃうのね!」 「………」 タバサは無言。 稲妻のドラゴンから、再び雷撃が放たれる。その殆どをシルフィードは回避したが、二度ほど危うい位置を貫いていった。 『ウィンディ・アイシクル』 機会を伺っていたタバサが、背後に向かって氷雪の呪文を放った。 ルーンによって作り出された無数の氷錐が、弾幕と化しながら敵へと向かう。 だが、ドラゴンはそれすらも恐ろしいほどの精密な動きで、間隙を縫うようにして難なく回避してしまった。 「~~! 本当なら早さならシルフィの方が絶対に上なのに、きゅいきゅい!」 シルフィードが泣き言を言っている間にも、徐々に稲妻のドラゴンとの距離は縮まっている。 先ほどから数度雷撃がシルフィードの尻尾にかすり、その度に彼女は『ひゃん!』という、オスマンに尻を撫でられた女子生徒のような声を出しているのだが、 それはドラゴンの稲妻がいつでもこちらを撃墜可能であるということの証明のようにタバサには思えた。 ドラゴンの知性がどれほどのものかタバサにも分からなかったが、こちらを嬲って反応を楽しんでいるように感じられるのだ。 タバサは考える。 状況は確実に悪化してきている。今すぐにでも何か手を講じなければ、最悪の未来が変えられなくなってしまう。 時間はあまり無い。 だというのに、上手い方策が思い浮かばない。落ち着いた顔色とは裏腹に、彼女の心はどんどんと焦った。 そんなときだった。 「やあドラゴンくん! 今、本当なら自分の方が早いって言ったよね! それは、強がりかな!? それとも事実かな!? 余計な重りが無くなれば逃げ切れるっていう意味だと思って差し支えないのかな!?」 叫ばれた声。 タバサ達が騎乗するシルフィードに掴まれていたギーシュの声であった。 「違う」 タバサは咄嗟に否定する。 「違わなく無いのね! そうよ! お荷物さえいなきゃシルフィの方が絶対に早いのね」 「黙る」 と、シルフィードがこれ以上余計なことを言わないように、タバサが杖で頭での頭を小突いた。 ギーシュが何を考えているのか、タバサには手に取るように分かったからだ。 けれど、そのやりとりがますますギーシュの決意を固くした。 「いいや、黙るのは君だタバサ! ドラゴンくん、それはつまり、重りの片一方、つまり僕を放せば、タバサとモンモランシーの二人は助かるってことでいいんだね!?」 「ギーシュっ!?」 それまで口を出すことを控えていたモンモランシーが驚きに声を上げた。 シルフィードはそれに被せるようにしてその答えを発した。 「できる!」 「ようし分かったドラゴンくん! では僕を放してくれたまえ。それで君は彼女たちを乗せて、どこか安全なところに逃げるんだ!」 「………」 タバサには最初にギーシュが声をかけてきたときから、彼の言わんとしていることが分かっていた。だから嘘を言ったのだ。 シルフィードの言っていることは確かだ。この場を切り抜けるためには、誰かが犠牲にならなければならない。 だが、それを良しとしないからこそ、彼女は嘘をついたのだ。 「やめてギーシュ! そんなことしたらあなたが死んでしまうわ!」 「いいや大丈夫だモンモランシー! 見てごらん周りを! この辺のものはみんな下へ向かって落ちて行っている! ここは あの吸い込む力の範囲外っていうことだ! 『フライ』さえ唱えられれば、どうってことはないっ!」 「でも! 下は戦場なのよ!?」 「はは、望むところだ! 君を傍で守れなくなるのは残念だが、それに見合うだけの活躍を引っ下げて君の元に帰るよ! そう、不死鳥のごとくね! さあドラゴンくん! 議論している時間はもう無いんだろう! 早く僕を捨てるんだ!」 そのやり取りを耳にして、雷撃を必死に避けながらシルフィードはタバサを伺った。 タバサは無表情な顔で少しの間目を閉じて考え、それからこくんと小さく頷いた。 「分かったのね!」 「待って!」 モンモランシーが制止の声を上げた。 「止めてないでおくれモンモランシー。僕はきっと君の元に帰ってくるから……」 「分かってるわよ……。ただ、ギーシュ! 私が渡したお守りのこと、忘れないで! あれはきっとあなたの役に立つから!」 その言葉にギーシュは、無言のまま右手を横に伸ばし、親指を上に突き上げる仕草で応えた。 無論、シルフィードの手に吊られた状態の彼の仕草を、鞍に跨っているモンモランシーは見ることは出来ないので、要は格好つけである。 「それじゃいくのね!」 「ああっ、景気よくいってくれたまえ!」 返事を聞いたシルフィードの、それっ! のかけ声で手を放されるギーシュ。 自由になった彼の体から、一瞬重さが消える、ふっと浮き上がる感覚。 「う……」 そしてギーシュは真っ逆さまに。 「うわあああああああああああああああああ!!!!」 覚悟を決めていようと、怖いものは怖い。 落ちるギーシュからこの日何度目の叫びが上がった。 あるいはそれが、一人の男の英雄物語の産声だったのかも知れない。 「しっかり捕まってて」 ギーシュが落ちていったのを確認したタバサの口から、そんな言葉を呟かれた。 モンモランシーはその言葉が誰に向けられたものなのか、理解するのに一瞬の時間を要した。 そしてすぐに気づく、自分以外いないではないか。 彼女が慌ててタバサにしがみついたのと、シルフィードが急反転したのはほぼ同時だった。 稲妻のドラゴンは、獲物がヒトを落としたのに気がついて、単純な思考でまずはそちらを餌食にしようと考えた。 翼を調整し、降下の姿勢を取ろうとする。 だが、それを見越したように、目標にしていた仔竜が翼をうって上昇軌道に入った。 それを見たドラゴンは、そう高くはない知能ながらこう思った 〝小癪な〟 自分が今落ちていったヒトを食おうと追いかければ、一端上昇してそれから輪を描くように急降下してくるであろう仔竜に、背後を取られることになる。 理論的な思考では無いながらも、『狩るもの』『狩られるもの』だけで構築された世界で生きてきたドラゴンは、本能的にそう察知して降下を取りやめ、自らもまた、上昇するべく力強く羽ばたいたのだった。 「……案外頭が良い」 「ちょっとタバサ! あのドラゴン、ままま、まだこっちを追って来てるわよっ!?」 「問題無い」 本調子とは言わないが、ギーシュという重しが無くなったことで、シルフィードの動きは格段にキレを取り戻していた。 逃げるにしても戦うにしても、これでやっと舞台に上がれたということである。 反撃開始。 そう思ってタバサがシルフィードに更なる反転軌道を指示して、正面からその脳天めがけて必殺の氷錐をたたき込もうとした矢先だった。 ヒュゴッという音と共に、突如として横から割り込んできた赤と青の光に貫かれ、稲妻のドラゴンが撃墜されたのである。 そして、呆気にとられているタバサ達に投げかけられたのは、タバサには聞き覚えのある声だった。 「ようやっと見つけたぞ。かの娘にえにし深きニンゲンよ」 輝く軌跡を残し――信じられないが、突如としてその場に現れたのだ――その場に現れたのは、全身を赤にも青にも見える鱗で覆った、一匹のドラゴンだった。 「……ふむ、見知らぬ顔もある。ならば再び自己紹介をしよう」 人語を発するドラゴンは、尊大に言った。 「(Z-- )90°-- (E--N2W)90°t = 1」 そう、その姿を、その声を忘れるはずがない。 タバサ達の前に姿を現したのは、サン・マロンの実験農場から脱出しようとしたシルフィード達を追いかけてきたあの竜だった。 「ワルドからおまえを見つけた場合、必ず始末し、その亡骸を彼女に見せつけろという指示を受けている。まあ、極力綺麗な形で死んで貰わねばならないのが至極面倒ではあるが……。過程は兎も角、結果に関しては我も知的好奇心をそそられる。 そういう訳であるからして、我が知識欲の為に、お前達にはここで死んで貰わねばならない」 「………」 無意識にタバサの奥歯が噛み締められる。 逃げることはできない。 サン・マロンでこの竜に追いかけられたとき、シルフィードは万全の体勢だった。だというのにこの竜はなんら苦にする様子を見せずに、自分達に追いついて見せた。 モンモランシーを乗せた今、逃げを打って、逃げ切れる可能性は万に一つもない。 ならば戦う他、道はないのである。 それに、タバサにしてもこの竜には用があったのだ。 「ふむ、まだ名前を聞いていなかった。これから我に殺されるニンゲンよ。その名を述べよ」 竜が言葉を放ったその顎の隙間からは、ちろちろと火の粉が舞っている。 無論、そのような問いかけに答える必要は無い。 しかし、それでもタバサは口を開いた。 「〝ガリア北花壇騎士団長〟シャルロット・エレーヌ・オルレアン……または、タバサ」 あえて口にすることで、戦いに対して気持ちを固める、そんな意志が込められた言葉であった。 敵の目的が自分達の死をルイズに見せつけることならば、最悪彼女の助けを借りることは逆効果になりかねない。 自分とシルフィードだけで、目の前の強大な敵に立ち向かう、そんな覚悟を決めた言葉だった。 そして、 「〝ただの学生〟モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。お手柔らかに、お願いしますわ。ドラゴンさん」 予想していなかった声が聞こえたのは、タバサの後ろからだった。 その声に心中だけで驚いたタバサが、微かに首を右に動かした。 敵を前にして振り返るほどの余裕は見せられない。 微妙な仕草で疑問のニュアンスを受け取ったのか、モンモランシーは応えて言った。 「どうせ空の上では一心同体。あなたとこの子に命を預けているんだもの、だったら一緒に戦ってもいいでしょう?」 その言葉は、まあ、事実である。 振り返れないタバサにはモンモランシーの表情までは読み取れない。 けれど、言葉に込められた真剣味だけは汲み取れた。モンモランシーは生半可な気持ちで言っているわけではない。 「それに……ここでガタガタ震えていたら、私がここにいる理由、それも嘘になってしまいそうだもの」 そこまで聞くと、タバサは再びドラゴンに向き直った。 そうして再び模索する。 二人と一匹、それだけの戦力で、この難敵に立ち向かう方策を。 アルビオン内部。 隊員の数を一人減らしたキュルケ達決死隊は、中枢へと向けてひた走っていた。 呼吸を大きく乱すほどではないが、それでも焦った様子で一同は駆ける。 先ほどから、大陸全体を揺るがしているような低音を伴った振動が、中枢に近づいているはずのキュルケ達にまで伝わってきているのだ。 外で何が起きているかを確かめる術はないが、事態が自分達に有利なように好転しているという保証はない。 ならば一刻も早く使命を果たすことこそ、今彼らがとるべき行動であった。 「! ついた!」 マチルダの鋭い言葉に、全員の足が止まる。 ごつごつとした岩肌が露出した通路を抜けて、彼らはぽっかりと広がる開けた場所に出ていた。 微かに赤く発光している岩肌によって、周囲を見渡す程度の光源はとれている。 一同が到達したそこは、巨大な空洞。 広さはかなりあるようだ。 端の方まではよく見えないが、そこまでの距離は数リーグはあるのではなかろうか。 「あれが、アルビオンを浮かせている風石だよ」 そう言った彼女が指さしたのは、この大空洞の中央に鎮座している巨大な立方体。 薄く光を放つそれは、キュルケがそれまで見てきた風石とは比べられないほど大きかった。 高さにして一〇〇メイル以上はあるのではなかろうか。 「あれさえ破壊すれば、このアルビオンは――」 「――墜ちるだろうな」 マチルダの声を途中から続けたのは、低い男の声だった。 その声に、マチルダがぎくりと体を震わせる。 背後から聞こえた声に、全員が振り向いた。 そして、退路をふさいでいる存在に絶句した。 そこにいたのは、巨大な炎の固まりだった。 いや、より正確には、あるものの形をした炎。 大きさは雄牛ほど。四肢で地面を踏みしめ、尾があり胴があり頭がある。目と思われる場所はらんらんと白い炎が輝いている。 その姿は、まるで猫科の動物のようであった。 一方声の主は、怪物の背の上にいた。 「ただのネズミとタカをくくっていたが、随分と素早いネズミだったようだ」 炎の獣に跨ったその男も大きかった。 騎乗した姿では正確なところはわからないが、長身のカステルモールよりも更に身長がありそうだ。 それに何より、細身であるカステルモールよりもずっと体格が良い。 両手両足を問わず、引き締まった体に鍛え抜かれた筋肉の鎧を纏っている。 そして何よりも目を引くのは、メイジであることを示すマントと、片目を覆う眼帯。 騎士の一部が、その姿を見て、うっと呻きを漏らした。 その者達は知っていたのだ。その風体が、かの〝伝説の傭兵〟の特徴と一致することを。 カステルモールも目の前に現れた男が生ける伝説メンヌヴィルだと気付いた一人だったが、それでも彼の対処は迅速であった。 敵は所詮一人、開けた場所で戦えば、所詮は多勢に無勢。 騎士道には反するが、今は任務最優先。始祖ブリミルとてお許しになるだろう。 「総員! 散――」 次の瞬間、カステルモールの叫びをかき消して、ごうと何かが彼の真横を駆け抜けていった。 「―――」 声ならぬ声が、カステルモールの口から漏れる。 もうそこに、メンヌヴィルの姿は無かった。 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 その代わり、彼の耳に飛び込んできたのは、耳を覆いたくなる悲鳴だった。 慌ててカステルモール達が振り返ると、そこには例の真っ赤に燃え上がる炎獣がいた。 猫に咥えられたネズミのような格好で体を持ち上げられている騎士は、苦痛に叫び声を上げて、やたらめったら杖を振り回している。 咥えられた腹部からは、黒い煙が上がっている。肉の焼ける臭いが周囲に漂った。 生きながら焼かれる苦しみ、それは想像を絶するものに違いない。 「くそっ!」 カステルモールが止める間も無く、そう叫んだ騎士達の数名が、仲間を助けるべく杖を手にして前に出た。 そこから先に起こったことは、虐殺としか表現できなかった。 一人目。 恐るべき俊敏さで突進してきた炎の固まりに巻き込まれて、一人がまず火だるまになった。 二人目、三人目。 火猫の大きく割けた口に噛み付かれ、最初に襲われた騎士と一緒に、炎にまかれながら食い殺された。 四人目。 杖にブレイドを纏わせ立ち向かったが、たちまち炎の爪に切り裂かれて絶命した。 五人目。 ブレイドを叩き付けるのに成功したものの、血の代わりに吹き出した炎をまともに浴びて、瞬時に炭化して果てた 六人目。 傷つけられて怒り狂った炎獣が吠え、カステルモール達に向かって火を吐き出し、逃げ遅れた一人が直撃を浴びた。 七人目。 背後から攻撃しようと飛びかかり、接近するところまでは成功した。 だが、振り返りつつ放たれた、遠心力が乗ったメイスの一撃が頭部に直撃、血と脳漿を周囲にまき散らした。 八人目。 賢明にも距離をとって、風の呪文で攻撃を仕掛けたが、メイスから放たれた炎がその風ごと騎士を巻き込み、結果、自分の魔法を利用される形で炎の竜巻に焼き殺された。 以上、全てがほんの十秒やほんのそこらで行われた虐殺である。 犠牲になったのは計八人。 ガリアが誇る精鋭の花壇騎士が八人。 カステルモール以外の全員が、殆ど何の抵抗をすることもできずに、一瞬で命を奪われたのである。 これを悪夢と言わずなんと呼ぼう。 幾多となく敵と戦い、ヒデゥンスペクターとの不利な戦いにも果敢に立ち向かったカステルモール。 その彼が恐怖した。 八人のうち六人を殺したのは、男が騎乗していたモンスターだ。だが、それを優々と乗りこなし、最適な舵取りをしたのはメンヌヴィルだ。 付け加えて言うなら、最後の二人の攻撃は掛け値無しに最適だった。 最高のタイミング、最上の攻撃選択、最強の一撃であったはずだ。もし仮に自分が同じ局面に立ったとしたら、同様の攻撃を行ったことは想像に難くない。 だが、それをあの男は、何でもないことのように一蹴して見せた。 まるで飛び込んでくることが分かっているかのように背後へ攻撃を行い、そこから攻撃してくるのが分かっているように風の呪文に合わせて炎を放った。 それは、炎の怪物の脅威などよりも、ずっと恐ろしいことのようにカステルモールには思えたのだ。 (本当に恐ろしいのは、炎の怪物よりも、極限の戦闘技術を、息を吸うように駆使したあの男だ) カステルモールは氷のような冷たい目をしたその男を、大義もない、名誉も無い、栄光もない、ただ純粋な死と炎に彩られた魔人を、心の底から恐怖した。 「どいて頂戴」 気圧されたカステルモールの体を、そんな言葉と共に横へ押しやる者がいた。 前に出たのは、残り三人となってしまった決死隊の、名目上のリーダーであるキュルケだった。 「ミス・ツェルプストー、ここは一度引いて対策を練ってから出直すべきだ……」 カステルモールはカラカラに乾いてしまった口で、かろうじてその言葉が捻り出した。 「そいつの言うとおりだよ……あれは正真正銘の化け物だ。地力が違いすぎる。正面から戦って、どうにかなるような相手じゃない」 マチルダもカステルモールの言葉に同意した。 だが、キュルケは二人の言葉に薄く笑って返した。 「ミスタ・カステルモール、ミス・マチルダ、どうもありがとう。……でもね、私はあいつに出会ってしまった以上、もう後に退くことはできないの」 静かだが凛としてよく通る声で、キュルケは言った。 そのやりとりに興味を覚えたのか、メンヌヴィルもキュルケの方を見た。 その場にいる誰もが、自分の一挙一頭足に注目した。 そのことがキュルケには心地よかった。 ――キュルケは深く大きく息を吸う。 種火を大きくするときに、風を起こして煽るよう、体の隅々にまで空気を運ぶ。 すると心の中に燻っていた熱が、かっと一気に呼びさまされた。 熱い熱い、身を焦がすような熱だ。 そしてその熱に逆らうことなく、彼女は吠えた。 「メェェェェェェェンヌヴィルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」 大空洞に反響する叫び。 キュルケは吠えた。 「父と母を殺した男! やっと見つけた! ついに見つけた! このときを、どれだけどれだけどれだけどれだけ待ち望んだか! 」 心の赴くままに、怒りと憎しみに身を焦がし、キュルケは吠え狂う。 「絶対に、許さないっ!」 タバサが赤青のドラゴンと対決する意志を固めた同時刻。 アルビオン内大空洞においても、一つの戦いの幕が上がった。 自分を捨てて他人のために命を投げ出すことができるものこそ英雄だ。 ――モット伯からギーシュへ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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オスマン氏は見事な白ひげに手をやりながら倒れている竜を眺めた。 燃えるように赤い皮膚、立派な火竜である。 竜が落ちてきたと聞いた時はどうなることかと内心ヒヤヒヤしたオスマン氏だったが、 たまたま居合わせたタバサが竜を受け止めたと知り、思わずホッと安堵の息を吐いた。 タバサの正体を知っているオスマン氏はこのことを大して驚かなかった。 ただ真実が露見すると困るので目立って欲しくはなかったが。 ともかく大事にはならなかった。問題はこれからのことである。 竜をどうするか。 どこかのメイジの使い魔か、はたまた竜騎士の騎竜か。そもそも何故ここまでも傷を負っているのか。 疑問は尽きない。 「私に任せて欲しい」 思考の海に沈んでいたオスマン氏は急に浮上した。 「うん?……そう言えば君の使い魔は風竜だったか。学園内に竜を従える者は他にはおらぬ。 ならばミス・タバサ、君にこの竜の世話を頼むとしようかの、学院の召使は自由に使っても良いぞ」 何も言わずコクリと一度だけタバサはうなずく。 彼らの横では学院の医者が秘薬を用いながら、治癒の魔法をかけている。 それらを尻目にオスマン氏は王宮への対処方法に頭を悩ませていた。 「あの鳴き声が聞こえたときは何事かと思ったわよ」 燃える様な赤い髪の少女がベッドに腰掛けている。 ブラウスのボタンを上から二つ外し大きな胸の谷間を覗かせている。 背が高く豊満な肉体と褐色の肌が醸し出す色気は、大人の女性顔負けであり少女のものとは思えない。 トリステイン魔法学院の男子生徒に、学院の女子生徒の中で 誰を恋人に欲しいかと問うのなら大部分が彼女の名を答えるだろう。 恋多き性格と美貌が学院内にその名を轟かせている少女キュルケ・フォン・ツェルプストー、二つ名は微熱。 「それにしてもあなたがあの竜の世話役を命じられるなんてね、貴族のやることじゃないわ」 「いい、私の希望」 キュルケの話す内容に時折短く返事をする少女が一人。 大きな本棚のそばに置かれた椅子に座り、黙々と本を読んでいる。 本の表紙に記されている題名は『ハルケギニアの竜族』。 キュルケとは正反対の子供の様な体、低い背、肌はまるで新雪の如く透ける様に白い。 常に本を携帯しており、学院一の読書家として皆からは認識されている。 名はタバサ、二つ名は雪風。 キュルケとタバサ、全くタイプの違う友人二人はタバサの部屋にいた。 「そうなの、なら良いけど。嫌ならはっきりと言った方が良いわよ」 「ありがとう、でも大丈夫」 そう答えるとタバサは再び本の文字に眼を走らせた。 あの竜はシルフィードと同じ韻竜かも知れない、そのことをタバサは確かめたかった。 その為に竜の世話役もわざわざ買って出たのである。 「ハルケギニアの竜族? あの竜のことを調べているの? 火竜でしょうあの竜は」 珍しくタバサの読んでいる本に興味を持ったのかキュルケは立ち上がり、タバサの背後からページを覗き込む。 「竜が目覚めない」 「そう言えばそうね、もう三日になるのにまだ起きないなんてね、たしかに竜の生命力じゃおかしいわね」 ふとキュルケは、冗談めかして言う。 「火竜だから炎が消えているのかもね、ツェルプストーの炎なら どんなものにも火を付けるわ、付けるだけじゃ収まらないけどね」 その時である、部屋の扉がバタンと大きな音をたてて開いた。 「何バカなこと言ってるのよ、いくら火竜でも火で目覚めるわけないでしょ!」 扉を開けたのは桃色の長い髪をした少女、何故か怒りで肩を震わせている。 彼女の名はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、二つ名は……まだない。あえて言うのならゼロ。 「冗談に決まってるでしょルイズ、これだからトリステイン人は」 やれやれと言った風に肩をすくめるキュルケ。 「何ですって~!!」 馬鹿にされたと思い、更に怒りに震えるルイズ。 「……」 我関せずな調子で文字を追うタバサ。 三者三様な様子である。 やがてルイズは落ち着いたのか、一度深呼吸して尋ねた。 「サイトを知らない?」 「さあ、あなたに愛想を尽かしたんじゃないの、ダーリンも出て行くのなら私も元に来てくれれば良いのに」 わざとルイズを挑発するかのような言動を続けるキュルケ、またしてもルイズの全身が怒りで震える。 「そんなわけないじゃない! まったくゲルマニア女の好色には呆れるわ」 互いに罵声を飛ばし合いながら睨み合う少女二人。 だからこそルイズとキュルケは気が付かなかった。三人目の少女がそっと部屋を出たことに。 「行く」 小さく告げるとタバサは開いたままの扉から外に出て行く。 背後から響く、ありとあらゆる種類の罵声からタバサの耳は遠ざかっていった。 「でけえ……」 平賀才人は素直に見たものに驚いていた。現在彼はルイズの使い魔であり 魔法学院での生活をそこそこに満喫している。 彼は見ているもの、それは先日学院に落下してきた火竜であった。 学院内で広まった竜の噂を聞いた時才人は一目竜を見てみたくなったのだ。 才人とてハルケギニアに来る前は普通の高校生。人前にゲームをして本を読み、 その中で暴れまわる竜をカッコイイと思ったものである。よって才人は竜をこの眼で見たかった。 ちなみにタバサの使い魔、風竜のシルフィードはカッコイイというよりカワイイ。 「何だ相棒、竜の成体を見たことなかったのか」 「ああシルフィードはタバサがいうには幼生らしいからな」 ごつごつとした竜の体を眺めながら才人は想像する。自分が竜の背に乗りハルケギニアの空を 自在に翔る光景を。ついでに後ろにルイズも乗せちゃったりなんかして。 けれど才人の妄想は突然響いた声にかき消された。 「小僧、ここはどこだ?」 驚いて途端にキョロキョロと挙動不振に陥る才人。 「こいつはおでれーた。お前韻竜か」 「……剣が喋るか。魔剣の匂いを感じて起きてみたが馬鹿者の剣ではないらしい」 竜が起きたのは言葉通り魔剣の匂いを感じたがため。竜の契約者は常に魔剣をその身に帯びていた。 しかし魔剣を身の付けていても眼の前の少年は自身の契約者とは雰囲気が違いすぎた。共通点は髪の色だけと言っても過言ではない。 それにしても、ここに落ちてから互いの声が全く届かない。 念話には距離など無意味に等しいはず。だが、あまり竜は気に留めてはいない。 あの馬鹿者のことだ、いつか無傷で現れよう。 「デデデ、デルフ、竜がおお起きたぞ」 「心配すんな相棒。韻竜ってのは総じて賢いもんだ。理由もなしに人を襲わねーよ」 「小僧、もう一度聞こう。ここはどこだ?」 竜は首を才人の顔ぐらいにまで挙げ、最初の問いを再度尋ねる。 「えっとここはトリステイン魔法学院、ちなみに俺は平賀才人」 「トリステインだと、そんな名がミッドガルドに存在したか……帝都はどうなったのだ?」 「そ、そんなこと聞かれても、俺あんまり詳しくないし」 突然声を荒げた竜に反応して再び狼狽する才人。実際あまり学院の外に出ない 才人はハルケギニアのことをほとんど知らない。 会話が途切れたところでタイミング良く何者かが、才人の背をつついた。 「わ! な、何?」 「呼んでる」 少年の背後に立っていたのはタバサである。短い言葉から才人は意味を推測する。 「もしかして、ルイズが俺を探してるのか」 「そう」 いっけね、とつぶやき才人は走り出す。何故呼んでいるのかは分からないが早く行こう。 またお仕置きでもされたらたまったものじゃない。 残されたのは赤い体の竜と青い髪の少女。 「気が付いて良かった、あなたの傷を見る」 タバサは杖を地面に置き、ゆっくりと近づく。 竜を警戒させないように、最初に怒らせてしまったろうから。 「娘、去れ。我は竜族。この程度の傷など……」 後ろ足に力を込め起き上がろうとする。しかしどうにも力が入らない。 「く……何故だ」 「あなたの傷は深い、人間の私から見ても。それに血を流しすぎ」 タバサは竜のそばにより傷の具合を確認する。多くは裂傷と火傷。体が大きいので包帯などは巻いていない。 ただうっすらと治療用の秘薬が塗られている。血は止まっているが動けば直ぐに傷が開いてしまう。 事実先程無理やり動いた時に開いた傷があった。 「背の傷も確認する。乗ってもいい?」 「好きにするがいい」 ごつごつした竜の体に足と手をかけ、タバサは背に乗る。シルフィードとはまた違う感触。 「当分動いてはダメ」 竜にここまでの傷を与える存在がいるだろうか。それも普通の竜より強力な韻竜に。 そんなことを内心思いながらタバサは竜の背から降りた。 「ここは……どこなのだ?」 「ここはトリステイン王国。あなたはどこから?」 「さっきの小僧もトリステインと言っていたな」 アレはやはり世界を越えたのか、とつぶやく。 おぼろげな確証を竜は持ち始めていた。竜の元いた世界ミッドガルドの『封印』という 仕組みを作った神はどこかから来た。 それまでミッドガルドに君臨していた神竜族は神との戦に負け、ただの竜族へと堕とされた。 帝都に降りたアレが神の遣わしたものだとしたら、世界を越えたのかも知れない。 「あなたは韻竜?」 「韻竜? それは何だ」 肯定されると思い込んでいたタバサは竜の答えに面食らった。韻竜を知らない。 けれどこの竜は今まで人と会ったことが無いのかもしれない。韻竜という名は所詮人が付けた名前なのだから。 「人と話せて魔法が使える竜のこと」 「ならば我は韻竜と言えるかも知れんな」 やはり、とタバサは思う。韻竜という言葉を知らなかった。 今まで人間に会ったことがなかったのだ。 ふと、タバサは空に眼をやる。日が沈みかけていた。地面に置いた杖を拾う。 「寮に戻る。安心して、あなたを傷つけるものはここにはいない」 「……感謝しよう、娘」 「それと喋らない方がいい。ここには人と話せる竜はあまりいない」 暗くなりかけた学院の中を、自分の部屋を目指しタバサは駆けて行く。 やがて日は消え空には月が昇る。双子の月が。 「月が二つ、やはりここは…… あの馬鹿者もどこかで双月を眺めておるのか」 あの者が月を眺めるなど、有り得ぬことか。すぐに自分の言葉を打ち消して、竜は静かに体を横たえた。
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第19話 はるかな時代へ 剛力怪獣 シルバゴン 友好巨鳥 リドリアス 登場! 聖マルコー号の突然の爆発は、眼下で勝利の喜びに湧いていた信徒たちに大きな衝撃を与えていた。 「なっ、なんだ! 聖マルコー号が、聖マルコー号がぁ」 「教皇陛下のお召し艦が。そ、そうだ教皇陛下は、教皇陛下はご無事なのか!」 天使の奇跡の余韻も吹き飛ぶ衝撃に、ロマリアの将兵たちは一時完全なパニックに襲われた。 教皇、ヴィットーリオ・セレヴァレ陛下。ブリミル教徒にとっての象徴であり、いまや神の祝福をその身に受けた偉大なる聖人である。 迷える子羊を優しく教え導き、ゆくべき道筋を明るく照らし出してくださるその存在は信徒たちにとって太陽にも等しい。その敬愛すべき お方のおわす船が砕け散ったことは、親兄弟を失ったも同然の衝撃であった。 右往左往する人々、絶望にうちひしがれる者、発狂したようにけたたましく笑い出す者もいた。 このままでは、あと数分と持たずにこの場の何万という人間たちは地獄絵図を作り出していただろう。しかし、彼らの狂気が限界を 越える前に、望んでいた救いの御言葉は舞い降りてきた。 「皆さん、我が敬虔なるブリミル教徒の皆さん。私の声が聞こえますか? 嘆くのをやめ、空を見上げてください。私は、ここにいます!」 「お、おおおおおぉぉぉぉ!!」 割れんばかりの歓声が天空に轟いた。 空に舞う一頭のドラゴン。ジュリオが操るその背に立ち、人々を見渡しているのは間違いなく誰もがその無事を祈っていた教皇陛下であった。 教皇陛下! 教皇陛下! おお教皇陛下! 狂喜乱舞の大合唱。しかし、この中にわずかだが教皇ではない人間を案ずる者たちがいたとしたら、その者たちは悪であろうか。 「教皇、生きていたのか……くそっ、サイトたちは、サイトたちは無事なのか」 教皇の姿を見て吐き捨てたのは、粉塵に体を汚した女騎士と少年たちだった。ミシェルにギーシュ、銃士隊と水精霊騎士隊。 ともに女王陛下の名において、神と始祖に忠誠を誓った誇りある騎士団であるが、今の彼らに教皇を敬愛の念で見る目はない。 疑念は確信に変わり、聖人の皮をかぶって世界を我が物にせんとする”敵”の正体を彼らだけが知っていた。 先ほど、聖マルコー号に向かって飛んでいく竜に才人とルイズが乗っていたのを彼らは目撃していた。きっと、あのふたりも 教皇の正体を知って、化けの皮をはぐために行ったのだろう。 船が爆発したとき、彼らは皆才人たちがやったのだと信じ、ふたりが戻ってくることを信じていた。なのに、姿を現したのは教皇…… 才人たちはどうしたんだ? 背筋を走る氷の刃……友を、仲間を、愛する人を思うが故のぬぐいきれない不安が彼らの胸中を支配していた。 「サイト、サイト……まさか、まさか」 「大丈夫ですって。あいつのことだからきっと無事ですよ。きっとぼくらの見えないところで脱出してるに決まってる」 ギーシュがつとめて明るくミシェルを励ました。いまでは、ミシェルが才人に特別な想いを抱いていることを知らない者はいない。 その理由について詮索する無粋をする者はいなくても、きっと才人の一本気で熱い心が彼女のなにかを響かせたのは容易に 想像がついた。 ルイズなどがいい例で、ここにいる誰もが多かれ少なかれ才人からは影響を受けている。ルイズもで、彼女の後ろを向くことを 許さない前向きさは、皆のひとつの羅針盤となっていた。今までも、そしてこれからも、だからあいつらがやられるはずなんてない。 けれど教皇は、そうして友の身を案ずる彼らの心を踏みにじるように、黒い笑顔を作り上げた。 そして彼は両手を広げて人々に静まるよう身振りで諭すと、魔法で増幅された声で穏やかに伝えたのである。 「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。実は、私の船に神の意思をさえぎろうとする異端の徒が忍び込んでいたのです。 その者は私を黄泉の道連れにしようとしました。しかし、勇気ある者が幸運にも私の船にいたおかげで、私はこうして命を永らえる ことができたのです。ご安心ください、私は、生きています! ですがそのために、尊い犠牲が出てしまいました」 ヴットーリオがそう言うと、ジュリオは群集に見せ付けるようになにかを掲げた。最初はそれがなにかよくわからず、 ギーシュやミシェルたちもなんとなく焼け焦げた棒のようにしか見えなかったが、目を凝らしてそれの形を確かめると、 それが壊れた剣であることがわかり、さらにそれの特徴的なつばの形が見えてきたとき、悲鳴があがった。 「デルフリンガー!?」 視力の良い銃士隊員の絶叫が、全員を凍りつかせた。言われてみれば、それは刃の部分が真ん中から折れているが確かに 才人の愛刀であるデルフリンガーのそれであった。それが、見るも無残に破壊されている。全員の顔から血の気が引き、 無意識のうちに体が震えだす。 そんな、バカな……だが、教皇の高らかな演説はそんな彼らにとどめを刺すように続いた。 「残念ながら、聖マルコー号で生き残ったのは私とこの護衛ひとりだけです。とても悲しい、悲しいことです。皆さん、 信仰のために勇敢に命を散らせた勇者のために祈ってあげてください。ですが、我々がしなければならない弔いは、 なによりも彼らが守ろうとした信仰の道を全うすることなのです! 神の祝福を受けた私を守るために命を落とした、 はるかトリステインからやってきた勇敢な騎士サイト・ヒラガとその主人ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢に惜しみない感謝と 尊敬の涙を! その意思を継いで私は全世界のブリミル教徒に平和と繁栄をもたらしましょう!」 歓呼のオーケストラが轟き響き、教皇の身振り手振りで指揮者に操られているかのように旋律を変えて大気を震わせる。 その中で流れる十人にも満たない人間の悲嘆の声など、何万の歓声に軽々と吹き消されてしまう。 教皇陛下、我らの希望。教皇陛下、彼らの救世主! 「ありがとうございます。あなたがたの深い信仰の叫びは、必ず神に届くことでしょう。ですが、我々にはまだ果たさねばならない 大きな使命があることを忘れてはなりません。さあ、戻りましょう我々の信仰の都へ、そして聖地を取り戻す神聖なる使命を 万人に伝え始めるのです」 教皇のこの言葉で、それまで雑然としていたロマリア軍は秩序を取り戻して動き出した。 隊列を整え、帰途に着く。いまや、心から熱烈な神の使途となった彼らは聖戦になんの恐れもなく、その意思をまだ知らない人々にも 伝えることに強い使命感を抱くようになっていた。 その様子を、ヴィットーリオは満足げに眺め、ジュリオも静かに笑みを返している。すでに、先の戦いで受けた傷は問題ではなくなっているようだ。 「これで、すべては計画どおりですね、陛下」 「ええ、世界を汚すウィルスは自ら食い合って滅ぶ。これがあるべき姿というもの……私は約束どおり、これからハルケギニアに 平和と繁栄をもたらします。ただし、人間という一点だけを排除した形で、ね」 たった今まで奇跡と希望に沸いていた人々が聞いたら戦慄するであろうことを愉快そうにしゃべりつつ、ヴィットーリオと ジュリオは冷たい目で人間たちを見下ろしていた。今日から盛大な破滅の序曲が始まる、その楽譜を書くのは自分たちなのだ、 憂鬱になろうはずもないではないか。 「やがて醜いものがなくなり、美しく生まれ変わるこの星の姿が楽しみです。おや? そういえばジュリオ、あなたいつまで そのゴミを大切に持っているのですか?」 「ん? ああそうですね。これはもう必要ありませんでした。まあせめて、最期くらいは仲間のところへ返してあげますか」 ジョリオはそう言うと、まだ持っていたデルフリンガーを、まるで空き缶を捨てるように無造作に投げ捨てた。 くるくると宙を舞い。真ん中からへし折れたぼろ刀と成り果てたデルフリンガーは、草地に落下して二・三回バウンドすると ぽとりと落ちて止まった。 「デルフ!」 捨てられたデルフリンガーへ銃士隊と水精霊騎士隊が駆けつける。ミシェルが拾い上げると、デルフは無残に刃がへし折られ、 さらに焼け焦げさせられた残骸も同然の姿で皆は戦慄し、これではもう、とあきらめかけた。 だが、もうどうしようもないくず鉄かと思われたデルフのつばがぎちぎちとわずかに動き、あのおどけた声が小さく流れてきた。 「よ、よう、お前ら……ぶ、無事だったかよ」 「デルフ! お前、生きてたのか」 「へ、へへ、武器に生きてるも死んでるもありゃしねえよ。だ、だけど今度ばかりはきちいかな。は、はは」 「しっかりしろ! いったいなにがあったんだ。サイトとミス・ヴァリエールはどうした?」 途切れがちなデルフの声を励ますようにミシェルは叫んだ。ほかの皆も、心配そうに覗き込んでくる。 「す、すまねえ。俺は、敵の手の内がわかってたはずなのに……あいつらを……て、敵は、ぐっ!」 そのとき、デルフの声の源であるつばの留め金の釘がはじけとんだ。同時にデルフの声も小さく弱弱しくなっていく。 「て、敵は……お前ら、逃げろ。かなう、相手じゃねえ」 「おいしっかりしろ。サイトたちはどうなった! お前も男なら、この程度で負けるんじゃない!」 「ち、ちくしょうめ、今にもくたばりそうなのに、もう少し優しい言葉はないもんか。あ、相棒も将来苦労するぜ」 「バカ言ってる場合か! お前は剣だろう。剣が死ぬわけないだろうが」 「死ぬ、はなくても壊れるはあるのさ。いいか、俺はもうすぐ壊れる。お前たちは、いっこくも早くこのクソいまいましい国から 出て行くんだ。奴は、教皇はハルケギニアのすべてをぶっ壊すつもりだ……は、早く。早く」 デルフの声はどんどんか細くなっていく。大勢の人間の最期を看取ってきたミシェルたちは、それが人間の死と同じ事で あることがわかる。胸を焼く焦燥感と虚無感。人間でないにしても、デルフもまた長くを共に戦ってきた戦友のひとりだ。 その命が尽き果てようとしているのが愉快なわけがない。 「デルフ! もういい。このままどこかの鍛冶屋に持っていってやる。刀身を打ち直せば、恐らく治る」 「あ、りがと、よ……だが、もう無理だ。それに、俺は助かる資格がねえ……相棒と、娘っ子を、俺は守ることが…… できなかった。あいつらを、俺は」 「な、に? おい、嘘だろ。サイトたちが、サイトがそんな」 「へ……お、まえさん……ほんと、相棒のこと、が……けど、あいつらはもう、二度と、帰っては……すま……ねえ」 そのとき、デルフのつばが砕けて落ち、乾いた音を立てた。 「デル、フ?」 「……あ……ばよ」 それを最後に、もう二度とデルフリンガーからはなんの声も響くことはなかった。 残されたのは、半端な刃のついただけの包丁にも使えない鉄くず同然の刃物が一本のみ。あまりにあっけない、しかし インテリジェンスソードとしては当たり前の終わりであった。 ただの”モノ”と化したデルフの姿を、皆はしばしじっと見つめていた。そうすれば、またあのおどけた声で「冗談に決まってんだろ」 とでも言ってくれるような気がしたからだ。だが、デルフはもはや何も言わず、耐え切れずギーシュがつぶやくように言った。 「な、なあ、デルフリンガー、くんは……その」 「死んだよ」 ひとりの銃士隊員が、冷酷に反論を許さずに現実を突きつけた。それをすぐには飲み込めず、いや飲み込むのを 拒絶して少年たちは立ち尽くした。ただ、一本の剣がガラクタに変わっただけだと以前の彼らなら言ったかもしれない。 しかし、才人の背中ごしに彼らも少なからずデルフとは親しみあっており、彼の明るさとひょうきんさには何度も笑わされてきた。 失ってはじめてわかる。体験してはじめてわかる。仲間の死という現実が、覚悟していたはずの彼らの未熟な心を打ちのめす。 だが、デルフの残した言葉と、デルフの無残な姿は、皆に認めたくないもっとも残酷な現実を突きつけていた。 口に出すこともはばかられる……それを認めた瞬間に、心が大きくえぐられる現実が彼らを待ち構えている。 「なあ、デルフリンガーがこうなったってことは……サイトたちも、教皇陛下のおっしゃったとおり、死ん……」 「レイナール!」 ギーシュが、不用意にレイナールがつぶやこうとした言葉をとがめた。誰だって、それは口には出さないだけでわかっている。 あえて口にしなかったのは、自分たちが心の準備をしているだけでなく、今その現実を突きつけてはいけない相手がいるからだ。 レイナールは人より頭がいいが、それゆえに人が当たり前にできることができないところがある。もちろんそれに悪気はないのだが、 今回はそれが最悪の目に出た。 「サイト……サイトが、死……?」 震えた、抑揚を失った声が漏れ聞こえたとき、そこにいた皆の背筋を冷水がつたった。 「うそだよ、な……お前が、うふ、あはは」 生気を感じられない、腹話術士が壊れた人形にあてるような狂った声。しかしそれは幻聴ではなく、ここにいる誰しもが その声の主を知っていた。 壊れたデルフリンガーを握り締めたまま、うつむいて顔を上げないミシェル。彼女のかわいた唇から、常の彼女のものとは まるで違うひきつったような声が響いてしだいに大きくなっていき、ギーシュたちは戦慄した。理屈じゃない、本能的に恐怖を 呼び起こす狂った音色。 「ふ、副隊長、どの……?」 「くふふ、くはは、あははははは!」 そのときのミシェルの表情を、端的に表す言葉はないと言うべきだろう。ただ、そのとき一瞬でも彼女の顔を見てしまった 少年の感想を述べるならば、正視に耐えないという一言であろう…… 「あはははは! ああっはっははは!」 髪を振り乱し、涙を滝のように流しながら、彼女は泣きながら笑っていた。人の心を家に例えるならば、そのはりや屋根を 支える柱を一気に抜き取られてしまったようなものだ。どんな強固な屋敷でも、辿る運命は崩落のひとつ……けれどそれを、 誰が軟弱や柔弱の一言で片付けられるだろうか。 そして、絶望にとり付かれた心はすべてを投げ出させる。ミシェルの手にはまだ、デルフリンガーの残骸が残っていたのだ。 武器としては使い物にならなくても、まだ凶器としての鋭さはじゅうぶん残っているそれが彼女の喉元へ押し付けられたとき、 彼女の部下たちの必死の制止がなければ、彼女の命は鮮血とともに絶たれていただろう。 「副長ぉ、やめてください!」 「離せっ、死なせてくれっ、サイトの、サイトのいるところへ行くんだあっ!」 羽交い絞めにして止めながら、ミシェルの部下たちはミシェルのなかば幼児退行まで起こしてしまっている惨状を、 歯を食いしばって悲しみ、そしてミシェルにとって、才人の存在がいかに大きかったか、いやどれだけ深く才人を愛して いたかを痛感していた。 「副長……失礼しますっ!」 「うっ、ごふ……」 当身で気絶させたミシェルの体を抱きとめて、銃士隊員のひとりは自分もつらさをこらえるようにぐっと歯を噛み締めた。 歴戦を潜り抜けてきた銃士隊の隊員たちは、戦場で仲間の死を実感してしまった人間がどうなるかを知っている。どんなに 屈強な兵士も、親友を、兄弟を目の前で失ったときに平静でいられるとは限らない。戦友を通して、恋人や夫に戦死された妻が 後を追った話も伝え聞いている。 悲しみに殺されかけ、疲れ果てて眠るミシェルを銃士隊員は背中に担いだ。そして、呆然と見つめているギーシュたちに 向かって告げた。 「行くぞ、もうこの場所に用はない」 「はい、えっと、あの……その、副長、どのは」 「しばらくは指揮をとるのは無理だろう。当分は、代理に私が指揮をとる……だが、いずれは立ち直らせる。いや、立ち直ってもらう。 でなければ、我々こそサイトたちに申し訳が立たん」 銃士隊は才人に何度も借りを作っている。ツルク星人のとき、才人がいなければ全滅していたかもしれないし、リッシュモンとの 戦いで傷ついたアニエスとミシェルが一命を取り留めたのも、才人が関わってきたおかげだった。 その借りを返すまではと、皆思っていたのに……しかし、今は自分たちのことが問題だ。 「サイトがやられたかどうかはともかく、今、我々の目の前にいないことが重要だ。あいつが無事なら、必ず我々の前に戻ってくるはず。 しかしそれよりも、これからの我々のほうこそ大変だぞ。サイトとミス・ヴァリエールの抜けた穴は戦力的にはたいしたことはない。 だが、これから我々は敵地となったロマリアを縦断してトリステインに帰り、ロマリアでなにがあったのかの真実を伝えねばならん。 最低、ひとりでも生き残ってな! いいか」 「っ、はいっ!」 ギーシュたちも、責任の重さと前途の困難さを自覚した。もうロマリアは味方ではない。この、悪魔的な力を持つ国から脱出し、 国に待つ仲間たちに真実を伝えることがいかに難しく、かつ果たさねばならないことであるかはとつとつと語るまでもない。 この場にいないモンモランシーとティファニアは無事だろうか、明敏なルクシャナがついているからもしものことがあってもと思うが、 彼女たちにこのことを伝えねばならないのは気が重い。さらに彼女たちを守りながらの帰路がどれほど困難となるか、しかし他に 道はない。そのためには、たとえこの中の誰がどうなろうともだ。 しかし……と、ミシェルを背負った銃士隊員は、消沈した様子ながらついてくるギーシュたちと語りつつ思う。 「サイト、あのバカめ、うちの大事な副長を泣かすとはとんでもないことをしてくれたな。アニエス隊長に報告して、一から根性を 叩きなおしてやるから覚悟しておけよ……」 「あれ、戦場ではくたばった仲間のことはすぐ忘れるのが鉄則と教わりましたがね。それじゃ、あなたこそ隊長にどやされますよ。 しかし、たったふたりが欠けただけで、こうもガタガタになるとは、情けないもんですねぼくたちも」 「ふん、銃士隊も昔は正真正銘の鉄の隊だったのに、誰かのおかげで我々も甘くなったものだ。生存が絶望的な人間を あきらめきれんとは……生きて帰るぞ、でなければ私たちが地獄でサイトに怒鳴られる」 「ええ、それがサイトとルイズへの唯一の弔いでしょうからね……」 デルフは死んだ、才人とルイズは帰ってこない。そう自らに言い聞かせて、彼らは枯れた草を踏みしめて、なにもない荒野を 遠いトリステインへ向かって歩き出した。目に映るのは、意気揚々としたロマリア軍の幾万の行進。しかしその数に比して、 彼らはあまりにも孤独だった。 目をやれば、この戦いでの負傷者が運ばれていくのが見える。教皇の茶番で何人が傷ついたのか、街ひとつが崩壊し、 運ばれていく人間の中には軍属だけでなく、街にわずかに残っていた人間なのか、町人風の親子の姿も見える。 しかし、教皇の野望を砕かなければ、いずれ世界中がこうなってしまうだろう。そうなれば、ロマリアの人々も自分たちが 世界を救うどころか世界を滅ぼす企みに手を貸していたことに気づくだろうが、もはや手遅れでしかない。一刻も早くトリステインに戻り、 アンリエッタ女王に聖戦不参加を決めてもらわねばならない……だが、その道のりは果てしなく、足取りは鉛のように重い。 そして、絶望的な帰路に旅立つ彼らの姿を、ヴィットーリオとジュリオは冷たい眼差しで見下ろしていた。 「どうやら、まだあがくつもりのようですね。どうします? 悪い芽は育つ前に摘んでおくべきかと思いますが」 「ふふ、ジュリオは慎重ですね。ウルトラマンへの変身者を片付けた以上、あんな連中になにができるでしょう? ですが、大事が 控えている今、危険要素は徹底して取り除くべきですね。面倒でしょうが、始末しておいていただけますか」 「承りました。彼らは誰一人として、祖国にたどり着くことはないでしょう。最後の旅を、せいぜい楽しく演出してあげますよ」 利用価値を失ったものに対して、彼らはもはやなんの情も抱いていなかった。彼らは今現在、ハルケギニアにおいてもっとも 強大にして無比、対してトリステインを目指す一行は敗残兵も同様に無力だった。 「真実などを探そうとしなければ、少しでも長生きできたでしょうに。この流れはもはや、誰にも止めることはできません。 それなのに無駄なあがきをするのは、彼らの救いがたい性ですね。あなたもそう思うでしょう?」 「ええ、ですが油断は禁物です。人間という生き物は、どれだけ念入りにつぶしても隙を見ては我々をおびやかします。 覚えておいででしょう。この世界以前にも、我々はかつてもウルトラマンを倒し、世界を闇に閉ざしました……ですがそれで、 完全勝利とはいかなかったのです」 「そうですね。しかしあのときと違い、この星の人間たちにそこまでの力はありません。ほかのウルトラマンたちはまだ 気づいていませんし、気づいたときには手遅れです。さあ、今度こそ失敗は許されませんよ。この星を浄化して、次は 今度こそあの星を手に入れるのです」 教皇とジュリオはハルケギニアを通じて、青く輝くもうひとつの星への想いをめぐらせていた。 幾年月にわたる壮大な計画は人間の尺度をはるかに超え、いまだその全容を見せない。しかし、ハルケギニアの窮地を 救うために戦い、戦ってきた戦士たちは謀略に落ちて、その牙を大きく砕かれてしまった。動き始めたロマリアの陰謀を 止める者は、この時点では誰一人として存在しない…… そして、時空のかなたへ追放されてしまった才人とルイズ、その行方を知る者もこの世界には一切いない。 宇宙は無数の別次元に分かれており、ヴィットーリオが開いた世界扉のゲートは、その境界をこじ開けるのみで行く先を 設定されてはいない。つまり、世界地図に目を閉じてダーツを投げるも同じで、どの国に刺さるかなど誰にもわからない。 いやむしろ、どこかの世界にたどり着ければ幸運なほうで、投げたダーツが海に刺さってしまったときのように、永遠に どこにもたどり着けずに時空のはざまをさまよい続けるということもありえるのだ。 そんなところに、なんの道しるべもなく放り出された人間の行く末など知る方法はない。まして、帰還の可能性などは 限りなくゼロに等しい……ヴィットーリオとジュリオ、彼らに破壊されたデルフが死と同義に考えてしまったのも無理からぬ ところであったと言えよう。 しかし、その絶望的な可能性の壁を超えて、人知れず希望の命脈は保たれていたことも、まだ誰も知らない。 次元の壁を超えて、才人は奇跡的にどこかの世界へとたどり着いた。 けれども、それを幸運と呼ぶべきかはわからない。なぜならそこは、まるで生き物の生息を許すとも思えない荒涼とした世界だったのだ。 なす術もなく……一人で放り出された才人は、ただルイズの姿を探そうとするものの、突然現れた怪獣に襲われてしまう。 凶暴な怪獣、シルバゴンの前に丸腰で、ルイズがいないためにウルトラマンAへの変身もできずに逃げるのみで 追い詰められてしまう才人。だが、絶体絶命の彼を救ったのは、なんとハルケギニアの星にしかいないはずのエルフの少女であった…… ここはいったいどこなのだ? 何ひとつ理解できない中で、才人のたったひとりの旅が始まろうとしていた。 「う、ううん……ふわぁぁ……」 目をこすり、あくびとともに体を起こした才人の目に入ってきたのは小さな村の光景だった。 いや、村という表現もややオーバーかもしれない。なぜなら、日本人の感覚で”家”と呼べるような建物はなく、木と布で出来た テントがいくらか並んでいるだけで、才人も最初見たときはモンゴルのゲルだったかパオだったかいう遊牧民の移動式住居 みたいだなと思っていた。 「ふうわぁぁ……よく寝た。ってか、寝すぎたかなこりゃ」 毛布をぬぐい、空を見上げるとどれくらい眠っていたのか、とっぷりと墨汁をぶちまけたような闇が周りを包んでいる。しかし 厚い雲のせいか星は見えずに、村の中央の広場でパチパチと音を立てて燃えている焚き火だけが、鈍いオレンジ色に自分たちを 染め上げて闇に抵抗していた。 なにもかもが見慣れぬ風景。才人は、なにもかも夢であってくれればと目が覚めるときに願っていたが、やはりすべては現実だったの だなとため息をつくしかなかった。 そう、教皇との戦いで自分たちは負けた。そして、この世界に飛ばされた。それが現実、変えようのない現実だ。 と、そこへ小気味よく軽い足音がしたかと思うと、才人の前にあの少女が小皿を持ってやってきた。 「いいかげん目を覚ますころだと思ったわ。どう、具合は? 悪いところがあったら遠慮なく言いなさい。薬ならあるから」 「いえ、一眠りしたらだいたい治ったようで。あっ、でも多少筋肉痛があるかなあ、あててて」 「それならよく働く男の勲章みたいなもんだから大丈夫よ。けど、本当にあなた泥のように眠ってたわ。よっぽど疲れていたのね。 夕食のスープの残りだけど、薬草を混ぜ込んであるから疲れがとれるわ。食べなさい」 単刀直入かつ無遠慮な彼女の物言いだったが、スープの皿を差し出してきた手は優しく、才人はまだぼんやりしていた脳みそを 目覚めさせて受け取った。使い込んである様子で古ぼけた皿に入れられたスープは、薄い味付けに、言ったとおり薬草の苦味が 染み出してきて決してうまいとはいえない代物だったが、空腹が極致に達していた才人は夢中でスプーンをすくった。 「そんながっかなくても、誰も取ったりしないわよ」 「すんません。でも、手が止まらなくって」 呆れた様子で彼女に見られる才人だったが、胃袋の欲求はマナーを忘れさせた。それでも多少なりとて口に運ぶと 理性が主導権を回復し、手を休めて才人に礼を言わせた。 「ありがとうございます。見ず知らずのおれに、わざわざメシまで用意してくれて」 「気にすることはないわ。困ったときはおたがいさまだもの。それに、ちょうど長々と帰ってこないやつがいて、一人分余っていたの」 「どうも、ええっと……」 「サーシャよ。ヒリガー・サイトーンくん」 「平賀才人です。よろしく、サーシャさん」 才人は名前を間違われたことを軽く修正し、恩人の名前を深く心に刻んだ。 そう、このサーシャという美しいエルフの少女がいなければ、自分は今頃この世にいなかったに違いない。 あのとき、突如現れた銀色の怪獣に追い詰められていた才人を、たまたま通りかかったという彼女が助けてくれた。それこそ、 踏み潰される寸前のこと……死に物狂いであがこうとしていた才人を、サーシャが力づくで伏せさせてくれたおかげで助かった。 『あいつは動くものしか見えないの。じっとしていたら、そのうち行ってしまうわ』 そのとおりに、銀色の怪獣は動かずにいるふたりが目の前にいるというのに急に見失った様子で、キョロキョロと戸惑う様を しばらく見せると、くるりと振り返ってそのまま去っていってしまった。再び生き物の気配がなくなった荒野で、才人はやっと 自由にしてもらって立ち上がると、そこには恩人の呆れたような眼差しがあった。 「大丈夫? このあたりは、ああいう乱暴なのがうろうろしてるのよ。あなた旅人? よく今まで無事でいられたわね」 ぐっと正面から見据えてくる相手の顔を間近に見て、才人はやっぱりエルフだと確信を強くした。 薄い金色の髪に翠色の瞳、ティファニアを少し大人っぽくしてルクシャナに少し子供っぽさを足したような容姿。以前行った エルフの都で何百人と見たエルフの特徴そのものだった。 「エ、エルフ!?」 「あら? 私を知ってるの? へえ、珍しいわね。私はサーシャ、あなたの名前は? 旅人さん」 「あ、ひ、平賀才人っていいます。旅をしてるわけじゃないんだけど、ええと、説明すっと長いんだけど……そうだ! エルフが いるってことは、ここはハルケギニアなんですか?」 戸惑いはしたものの、慌てて才人は疑問の核心を訪ねた。エルフがいるということは、ここはハルケギニアのどこかか近辺である 可能性が高い。だったら、異世界に飛ばされたわけでないのであれば時間はかかるが帰還の方法もあるだろう。 しかしサーシャから帰ってきた答えは、才人の期待を完全に裏切った。 「ハルケギニア? 聞いたこともないわね」 才人は愕然とした。博識なエルフが知らないということは、ここはハルケギニアからはるか遠くだということになる。 いや、それならまだいい。恐る恐るながら、才人はもう一度尋ねてみた。 「じゃ、じゃあ、サハラか、ロバ・アル・カリイエ?」 「サハラね、懐かしい名前を聞いたわね。なるほど、あなたもその口なのね」 「サ、サハラを知ってるってことは……えっ?」 一瞬、才人の心に喜びが走ったが、サーシャが続けて言った言葉の意味を理解して凍りついた。 「私も前にね、あいつのおかげでこーんな何もないところに連れてこられたのよ。まったく、なんで関係のない私が」 ふてくされたように言うサーシャの話で、才人は理解した。ここは、やはり異世界……目の前の彼女もまた、サハラから なんらかの方法で連れてこられたんだろうということが。 そうとわかり、希望が失われた才人は全身の力が抜けてひざからがっくりと倒れこんだ。 「ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」 「あ、はは……ちょっと気が抜けちゃって……あの、すみませんが、このあたりにもう一人おれくらいのピンク色の髪をした 女の子が来てませんでしたか?」 気力が折れそうなところを、才人はなんとかこらえてルイズの行方を聞いた。帰還の可能性が閉じてしまった以上、 気になるのは重傷を負ったままで消えていったルイズのことだけだ。あの傷、手当が遅れたら命に関わるかもしれない。 けれども、才人の期待はことごとくがかなえられなかった。 「ピンクの髪の女の子? いいえ、悪いけど見ていないわね」 「そう、ですか……捜さないと……」 「なに言ってるの! あんたよく見たらボロボロじゃない。それに、このあたりにはさっきの奴以外にもなにが潜んでるか わからないのよ。えいもうっ、仕方ないわね。この近くに私たちの村があるわ、とりあえずはそこに帰ってから話しましょう」 「で、でも、早く見つけてやらないと」 「死にに行くようなもんだって言ってるの。見捨てていけば私は楽だけど、いくらなんでも寝覚めが悪すぎるから無理にでも 来てもらうわ。ほら!」 サーシャにぐっと腕を掴まれて、才人は引きずられるように連れて行かれた。抵抗しようとしたが、サーシャは意外にも かなりの力持ちで……いや、女性の力にも対抗できないほど才人が弱っていたのもあるだろう。 才人はそのまま、近くに隠してあったサーシャの馬に乗せられて、彼女たちの村に連れて行かれた。 裸の馬の乗り心地は悪く、気を張ってないとずり落ちそうな中で才人は必死で意識を保った。それでも、村の様子が 見えてきたところで最後の気力も尽き、意識が途切れる寸前に才人はサーシャの声を聞いた。 「ほら、もう着くから我慢しなさいって、無理かあ。わかったわよ、あんたの連れの子は私が捜しておいてあげるから……」 その後にもいくらか続いたようだが、すでに才人の意識は深遠の淵へと落ちていた。 それが、この世界に来てからの漏らさぬ真実。才人はサーシャという、地獄の仏に会えたことに感謝しつつ、残りのスープに口をつけ、 あっという間に平らげてしまった。 「はふぅ……ごちそうさまでした」 「よほどお腹が減ってたのね。最近は材料がたいしたものがとれなくて、こんなものしかなくってと思ったんだけど、あなた普段から ろくなもの食べてないんじゃない?」 「はは、当たりです。最初の頃ルイズにもらうメシはほんとひどかったなあ。おかげで味のハードルが下がって、今じゃ食えるだけでも ありがたいって……すみません。おれ、どのくらい眠ってたんでしょうか?」 「おおよそ半日というところね。相当疲れていたんでしょう、まるで死人のように眠り込んでいたわよ」 そうですか……と、才人は腹が膨れてやっと回るようになった頭で考え出した。 疲れていた、か。確かにそうだ。戦って戦い抜いて、自分でもよくあれだけ戦えたものだと不思議に思うくらい戦った。保健体育で、 人間は興奮状態では脳からアドレナリンというものが出て疲れを感じなくさせると習ったが、たぶんそうだったのだろう。けれども、 体のほうは忘れていた疲れを覚えていて、そのツケはきっちりと帰ってきた。 それにしても、人間というやつはおもしろくできているもので、どんなとんでもない事態になろうとも眠気と食い気には勝てないらしい。 戦士たるもの、食えるときには食いたくなくても食っておけと、皆といっしょに訓練の一環の心得として教わったが……なぜか、涙が溢れてくる。 「どうしたの? どこか具合の悪いところでもある?」 「いえ、なんでもないです。それより……」 今は思い出に浸るときではないと、才人は涙をぬぐった。そして、立ち上がって体にぐっと力を込めて相手の顔を正面から 見据えると、彼女はすまなそうに話した。 「ごめんなさい、あなたのいたあたりを中心に探してみたけど、やっぱりあなたの言う女の子は見つからなかったわ」 「そうですか……すみません、こちらこそ初対面なのに無理を言ってしまって」 やはりルイズの行方はわからないか、と、才人は肩を落とした。 予測はもうついていた。この世界に来てから、何度試してもウルトラマンAとの会話はできないし、テレパシーも伝わらない。 ということはつまり、ルイズはテレパシーも届かない別の世界に飛ばされてしまったとしか考えられない。 これからいったいどうしたものか……? まったく先の見通しが立たずに意気消沈する才人。すると、サーシャはそんな才人を 気遣うように言ってくれた。 「まあ、あなたにもいろいろ事情があるみたいだけど、行くところがないなら、ここにいればいいんじゃない?」 「えっ、でも。そんな、見ず知らずのおれのためにそこまでしてもらったら」 「いいのよ、どうせ私も無理矢理こっちに連れてこられた口だから。そもそもこの村は行き場をなくした連中の寄り合い所帯 みたいなもんだし、気にする必要なんかないない」 「あ、ありがとうございます! ようし、掃除洗濯なんでもやりますからまかせてください」 感激して才人はぐっと頭を下げるとともに、持ち前の前向きさで気持ちを切り替えた。頼るものもなく見知らぬ世界にひとりぼっちで 放り出されたのはルイズに召喚されたとき以来だが、同じことなら二度目のほうが気が楽だ。それに、今度はあのときより考えるものが 多い分はるかに力強くいられる。 「あなたって、単純とかお調子者とか言われない?」 「あははは、よく言われます。すみません、長居することになるかもしれませんから、ここがどういうところだか教えてもらえますか?」 「ええ、それはもちろんかまわないわ。けど、その前に一応ここのリーダーに会っておいてもらいたいの。あいつ……ようやく帰ってきたみたいだから」 「えっ? うわっ!」 才人は、突然横殴りに吹き付けてきた突風になぎ倒された。砂塵が巻き上がり、転んだ才人の目に、風にあおられて大きなテントが まるで紙細工のようにはためいているのが映ってくる。 だがしかし、才人を驚かせたのはそんなものではなかった。空から、青い巨大な鳥が降りてくる。いや、あれは鳥の怪獣だ! しかも、才人はその怪獣の姿に見覚えがあった。 「あの、怪獣は!」 「心配いらないわ。あの怪獣は人を襲ったりしないから」 サーシャの言うことは才人にはわかっていた。なぜなら、才人は同じ怪獣を見たことがあったからだ。 以前、東方号でサハラへ旅したとき、アディールでのヤプールとの決戦で現れたあの怪獣とそっくり。いや、サイズは少し小さいが 赤いとさかや骨のような翼といい同種の怪獣なのは間違いない。 「おかえりー、リドリアス」 唖然としている才人の前に、鳥の怪獣は着陸し翼を畳んだ。地上にいるサーシャが手を振ると、喉を鳴らして応えてくる。 この鳴き声もまったく同じだ。 「リ、リーダーって、この怪獣っすか?」 「あはは、まさか。まーリドリアスは賢いけど、そういう柄じゃないよね。うちのリーダーは、ほらアレよアレ」 そう言ってサーシャが指差す先を見ると、リドリアスの背中からロープが降りてきて、それをつたって人が降りてくる。彼は地面に ストンと、というほどきれいにではないが降り立つと、待っていたサーシャのもとにとことこと駆けて来た。 「や、やややや、遅くなってすまない。食料を集めるのに手間取ってしまって、つい遠出をしてしまった。お腹すいたよ、夕食あるかな?」 「ないわよ」 「え?」 「村の警備だってあるのにダラダラと外をほっつき歩いているようなバカに食わすものはないわ。リドリアスも連れまわして、この子はまだ 子供なのよ。これだから蛮人は、その程度の配慮もできないんだから」 「そ、そんなぁー」 と、彼は情けない声を出してへたってしまった。 なんというか、小柄で若いどこにでもいそうな普通の男だった。才人は、このさえない男がリーダー? と、怪訝に思ったが、それも いた仕方がないといえるだろう。サーシャに怒鳴られてペコペコしてる様は威厳などとは無縁で、アニエスのような凛々しく頼りになる リーダーを想像していた才人の予想とはかけ離れていたからだ。 どうやら見る限り、彼よりサーシャのほうが強いらしい。なんとなく自分とルイズの関係を連想してしまう。どこの世界にも似たようなのが いるもんだと、才人は妙な感心をした……ところが。 ”ん? なんだ、おれ……この人と、どこかで会ったような……?” 突然そんな感覚を才人は覚えた。今日ここではじめて会うのは確実なはず……誰かと似ていたっけと思ったけれど、記憶にそんな人物は いくら思い出そうとしてもいなかった。そういえば、サーシャとも最初に会ったときからなんとなく他人の気がしなかった。まだ、疲れているのだろうか? けれども、取り込み中のところ悪いが、このままでは話が進まない。才人は空気を読んでないのを承知で、仕方なく割り込むことにした。 「あの、すみません。もうそろそろよろしいですか?」 「ん? 君は、はじめて見る人だね」 そこで、才人はようやくサーシャから砂漠の真ん中で拾われたことなどを説明してもらった。 「えっと、平賀才人っていいます。おれ、行くあてがなくて、少しの間ここに置いてもらっていいでしょうか?」 「もちろんかまわないさ! いやあ、僕たち以外の人間と会うのは久しぶりだ。喜んで歓迎させてもらうよ」 満面の笑みを浮かべて彼は才人の手を握ってきた。才人は、ほっとするといっしょに、良い人だなと今日はじめて会ったばかりの 自分を受け入れてくれた彼の度量の大きさに感謝した。が、しかし次に彼が口にした言葉を聞いたとき、才人は愕然とするだけでは すまない衝撃を受けた。 「おっと、自己紹介がまだだったね。僕の名前はニダベリールのブリミル」 えっ! と、才人は耳を疑った。その名前、聞き覚えがある。いや、聞き飽きるほど聞かされた名前だ。 始祖ブリミル。ハルケギニアで信仰されているブリミル教の開祖の名前だ。ただ同名なだけの人? いや、まさか、まさか。 才人の心に、少しずつ湧きあがってきていた仮説が急速に形を整えてできあがってくる。エルフの存在、以前見たのと同じ怪獣、 そして伝説の聖人と同じ名前の人物の存在。まさか自分は、別の世界に飛ばされてしまったのではなく、時空を超えてしまって…… 「おれ、六千年前のハルケギニアにタイムスリップしちまったんじゃないのか……?」 夢なら早く覚めてくれ……才人は、急展開すぎる状況についていけず、がっくりとひざをついてしまうしかなかった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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朝もやの中、ルイズとギーシュが馬に鞍をつけていると、ギーシュが心配そうに何かをルイズに頼み始めた。 「頼みがあるんだが…」 「何よ?」 「ぼくの使い魔を連れて行ってもいいかな?」 「連れて行けばいいじゃない?さっさと連れてきなさいよ」 「いや、もうここにいるんだ」 そういってギーシュはみかんのいるあたりを指した。 「え?わたし?」 「ちょっとギーシュ!!みかんは私の使い魔でしょうが!!調子に乗ってんじゃないわよ!!」 「違う、そうじゃないんだよ。おいでヴェルダンデ!!」 途端みかんの足元が盛り上がったかと思うとビッグモールが顔を出した。 「もぐらさん?おっきい!!」 「ああ!!僕のヴェルダンデ!!いつ見ても可愛らしいよ!!」 「あんたの使い魔ってビッグモールだったのね」 ルイズがヴェルダンデを覗き込むとヴェルダンデもルイズを見上げ、そして襲った。 「ちょ!!何よこいつ!!」 「ああ、ルイズ、君の指輪に反応してるんだよ。ヴェルダンデは宝石が大好物だからね」 「ふざけないでー!!」 ルイズとヴェルダンデが格闘していると一陣の突風が吹き荒れヴェルダンデを吹き飛ばす。 「な!!誰だ!!僕の可愛いヴェルダンデに何をする!!」 ギーシュの問いかけに上空よりグリフォンに乗った羽帽子の貴族が返答を返す。 「いや、すまないね。婚約者がモグラに襲われていたものでつい、ね」 「こんやくしゃ?」 グリフォンが降り立ち、長身の男がルイズを抱きかかえる。 「ああ、僕はグリフォン隊隊長ワルド子爵だ」 一向が港町ラ・ロシェールにつく頃にはすでに日が傾いていた。 皆一刻も早く休みたいとそうそうに宿を決め酒場で今後の方針を話し合う。 ちなみに部屋割りはルイズ・みかん、ワルド・ギーシュである。 ルイズがワルドとの相部屋を恥ずかしがったための部屋割りだ。 ワルドが小さな女の子の前で食い下がることに気がひけたことや、ギーシュの意見もありこの部屋割りとなった。 まずワルドが口を開いた。 「さて、明後日にならねば船が出港しないことや途中襲ってきた盗賊の話などいろいろ話たいことはあるのだが、何よりもまず君たちは一体何だ?」 キュルケが嬉しそうに答える。 「はじめましておじ様♪私は微熱のキュルケ。こっちは雪風のタバサ。あんまりにもおじ様が素敵だからこっそり後をつけてきましたの」 ワルドは少し困ったよう答える。 「そうか…。助けてもらっておいて何だが、僕にはルイズという婚約者がいるのでね。残念だが君の気持には答えられない。」 「そんなぁ~!!」 キュルケがなおもワルドに言い寄っている隣では、タバサがみかんを見つめていた。 「……」 「な、なぁに?タバサお姉ちゃん?」 「別に」 「…(やっぱりあやしまれてるのかな?もういっそ話しちゃう?…でも、やっぱり秘密にしといた方がいいよね)」 みかんが自分の力を下手に秘密にするべきではなかったかと少し後悔し始めるころには話合いが終わっていた。 「じゃあ、今日は解散にしようか?ああ、そうだ、ルイズ」 「なにかしら?」 「大事な話があるんだ、ちょっとついてきてくれ」 「ええ、分かったわ」 席を立った二人を見てキュルケが口を開く。 「じゃぁ、タバサ、お部屋に戻りましょうか、明日も早いみたいだし」 視線を本から話すことなくうなずくタバサと驚きを隠せないギーシュ。 「なんだい?もう君たちが来た目的は無意味になったじゃないか?まだ付いてくるのかい?」 「あら、確かにおじ様は振り向いてはくれなかったけど、なんだか面白そうな話じゃない?」 「面白そうだからって君、これは内密な任務で」 「それじゃあおやすみなさい♪」 気にする風もなく酒場を後にするキュルケ。 「全く…しょうがないな」 ギーシュ自身偶然一緒に来ることになっただけだということはあまり覚えていないらしい。 ギーシュとみかんが少しだけ談笑をした後に各々が部屋に帰ると、困惑気味のルイズがベッドに腰かけていた。 部屋に入ってきたみかんに気づいていないわけもないだろうに何の反応も示さないルイズにみかんは違和感を覚え声をかけた。 「ねぇ、ルイズお姉ちゃん、どうしたの?」 「私、この任務が終わったら結婚するわ」 「え?!」 いきなりそんなことを言われればだれだって驚く。 みかんだって驚く。 しかもこんな状況ならなおさらだ。 「けっこん?!いきなり?!」 「いきなりではないわ、婚約者だもの。いずれ結婚することはずっと前から決まっていたもの」 確かにいいなずけ同士が結婚したところで何もおかしくはないんだが、なぜこのタイミングで? それに、ルイズが手放しで喜んでいるようでないことも気になる。 いくら年が離れているとは言ってもみかんも女性である。 恋の悩みに関しては少なくとも男よりは敏感である自信がある。 「でも、あんあまりうれしそうじゃないよ、どうして?」 言葉に詰まったようにうつむくルイズを見てみかんはこれはいよいよたたごとではないかもしれないと思い始めた。 結婚そのものも重大な問題ではあるが、それ以上にルイズを悩ませている何かがあるとすればそれはいったいどれほど大きな問題なのだろうか? しばらく悩んだ後に、みかんはルイズにはっきりと声をかけた。 「ルイズお姉ちゃん」 「何?」 「なにかなやみがあるなら、なやめばいいよ。答えを出すのは本当に今じゃないとダメ?」 「……!!」 ハッとした。 確かにその通りではないか。 ワルドの強引な求婚に少しばかり混乱してしまっていたようだ。 別に今結婚する必要はない。 それでワルドが自分を突き放すようになるかもしれないという不安もあるにはあったがその程度まぁ待ってくれるだろうと楽観して考えることができた。 いや、今すぐに結婚することには自分自身もともと否定的だったではないか。 自分は誰かにそれを肯定してほしかったのだ。 そう考えると一気に気が楽になり途端に疲れを強く感じたのでベッドに潜り込んだ。 みかんと逆の方向を向いて、ぼそぼいそと、しかし聞こえるようにつぶやく。 「…ありがとう」 その声を聞いたみかんはルイズと左右反対にベッドに潜り込んだ。 ここで下手に返事を返すほどに野暮ではない。 しばらくして、部屋には二人と一頭の規則正しい寝息のみが残された。 早朝、みかんは昨日の疲れが幼い体にはきつかったのか、誰よりも遅く目を覚ました。 隣で待機していたオルトロスを連れ一階に降りると、ルイズをワルドが説得しているのが目に入る。 どうやらまだ任務が終わってすぐの結婚をあきらめていないようだ。 しかしルイズにまともに取り合っている様子はない。 ワルドの勇敢さや有望さを褒めつつも結婚はもう少し後だとはっきりと口にしていた。 それどころか自分をなだめるワルドの言葉に酔っているようにも見える。 それに気付かないワルドでもないのだろう、どちらかといえば本気というよりもいかにルイズを満足させるかを考えて言葉を選んでいるように見える。 苦笑交じりにみかんが二人に近づくとワルドがこっちに気づいたのか手を振ってくる。 こちらも振り返そうとはしたのだが、周りに集まっていた面々の微妙な表情を見てその手が止まった。 タバサの表情こそいつもと同じだが、明らかにおかしい。 「どうしたの?みんな?」 ルイズが俯き、ギーシュが申し訳なさそうに答える 「いや、実はだね……」 その言葉を引き継ぐかのようにワルドが口を開いた。 「君に決闘を申し込みたいのだよ」
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第七話 ハルケギニア大陥没! (後編) 暗黒星人 シャプレー星人 核怪獣 ギラドラス 登場! エレオノールのキャンプで、一行はささやかなもてなしを受けていた。 「まさか、こんなところまで私のためなんかに来てくれるとは思わなかったわ。さあさ、なんにもないところだけどくつろいでちょうだい」 「あ、はいどうもです」 才人やギーシュがなかば唖然とした顔をして、まだ熱い紅茶を音を立ててすする。ほこりっぽい空気の中に芳醇な香りが流れ、 一行が、出された茶菓子に口をつけると、甘く気品のある味が口内に広がった。 それは、まるで昼下がりの貴族の休日のような優雅な雰囲気……だが、一行は誰一人としてそれを楽しむでもなく、拍子抜けしたように テントを囲んでいた。 いや、実際かなり拍子抜けしていた。まるごと地面の底に沈んでしまった火竜山脈に登ったという、エレオノールらしき女性の安否を 確かめるためにやってきたのだが、実際ほとんど岩石砂漠になってしまったここにいたのでは、いくら彼女が優秀なメイジでも無事で いるのは難しかろうとある程度覚悟をしていた。 それなのに、いざ苦労して見つけ出してみると、エレオノールはまったくの無傷であった。しかも、機嫌がいいのか妙に態度が優しくて、 いつもの男勝りで厳しい姿を見慣れていたギーシュたちは、小声でヒソヒソと話し合っていた。 「おい、ミス・エレオノールどうしたんだ? やっぱり岩で頭でも打ったのかね」 「うーん、学院に最初にやってきたときはあんなもんだったが、結局素を隠せなかったしなあ。もしかして、ついに婚約が決まったとか」 「いや、百歩譲ってもソレはないと思うが」 失礼を通り越して叩き殺されても文句を言えないようなことをギーシュたちはささやきあっていたが、ある意味では無理からぬ話である。 エレオノールの猫かむり、というか貴族が対外的に態度を使い分けるのは当然のことだとしても、なぜそれを今さら自分たちに見せる 必要があるのだろうか? エレオノールと仲がいいルクシャナなどは露骨に不快な顔をしている。からかっているのか? しかし怖くて 誰も言い出せなかったところで、妹のルイズが思い切って言い出した。 「お姉さま、もてなしはこれくらいでいいですから教えてくださいませんか? なぜこんなところにいらしていたんですか? お姉さまほどの 人物が、単なる地質調査のためなんかに派遣されるわけがないでしょう」 皆は心中でルイズに礼を言った。この異様な空気から逃れられるのはなによりありがたい。 エレオノールは、紅茶のカップを置くとおもむろに話し始めた。 「みんな、ここ最近ハルケギニアの各地で起こっている異変を知っているかしら?」 「異変、ですか? まさか、ここ以外でも!」 「そうよ。今、ここだけじゃなくトリステインを含むあちこちで異常な地震や陥没が頻発しているの。最初は辺境の山岳地帯や、 無人の森林地帯が一夜にして消えてなくなって、鈍い領主はそれでも気に止めてなかったんだけど、とうとう村や城まで沈み始めて 慌ててアカデミーに調査依頼が来たというわけなの」 そうだったのか……一行は、知らないところですでにそんな大事件が起こっていたのかと、のんきに旅行気分で東方号に乗ってる 場合じゃなかったと思った。思い出してみれば、東方号がトリステインを出発する時にエレオノールがいなかったのは、このためであったのか。 つまり、火竜山脈にやってきたのも偶然ではないのかと尋ねると、エレオノールは首を縦に振った。 「無闇に発表するとパニックが起こるから王政府の意思で伏せられているけど、今、魔法アカデミーの総力をあげて原因究明が おこなわれているわ。国外にも多くの学者やメイジが派遣されて、私は火竜山脈担当だったというわけ。まさか、調査中に自分が 被害に会うとは思わなかったけどね」 「それは、大変でございましたね。それで、山が沈む原因は解明できたのですか?」 核心への質問がおこなわれると、エレオノールは一呼吸をおいて指で足元を指して言った。 「ええ、一応の仮説は立てていたけど、ここに来て確信が持てたわ。原因は、地下深くに埋蔵されている風石が一気に消失 したことによる地盤沈下よ」 「風石ですって!? ですが、火竜山脈にはそれほど規模の大きい風石鉱山はないのが常識ではなかったですか?」 「人間が通常に採掘できる鉱脈はごく浅いところだけよ。知られていないけど、さらに地下数百メイル下には膨大な量の鉱脈が 眠っているわ。それこそ、ハルケギニアの地面を埋め尽くすくらいにね」 まさか……と、ルイズは足元を見た。そんなこと、どんな授業でも習わなかったが、それが本当だとすれば、自分たちの住んでいる ハルケギニアは巨大な風石の海の上に浮いている浮き島のようなものだということになる。地下水の汲み上げすぎでも、時には 地上が歪むほどの地盤沈下をもたらすことがあるんだから、それほどの鉱脈が消失したとしたら。 「つまり、地下の風石がなくなったから、上の岩盤も支えを失って……」 「そう、まずは重量のある山岳地帯が陥没を始めたという事よ。 一行は呆然として、ふだんなにげなく踏みしめている地面を見つめた。よく見ると、石や砂に混ざって風石の欠片がキラキラと 光っている。それこそ説明されるまでもなく、この山脈の地底にあった大量の風石の残骸に違いなかった。 そして恐ろしい真相は、さらに恐ろしい未来図を連想させた。 「ちょ! その風石の鉱脈はハルケギニア全体に広がっていると言いましたよね。じゃ、いずれは」 「ええ、遠くない将来に……ハルケギニアは丸ごと陥没して、地の底に沈んでしまうでしょうね」 音のない激震が全員の中を駆け巡った。ハルケギニアが沈む? そんなバカなと否定したいが、今日自分たちがその目で 見てきた事実がそれを動かしようもなく肯定していた。火竜山脈が平地と化してしまうような変動が人里を襲ったとしたら、 そこにあるのはもはや災害というレベルではすまされない。 ハルケギニアが沈む。つまり、自分たちの故郷トリステインにあるトリスタニアの街並みも、魔法学院やひとりひとりの家々も 何もかも残さず大地に飲み込まれて消滅する。むろん、ガリアやゲルマニアも同じように壊滅し、アルビオンを除いてハルケギニアは 人の存在した痕跡すらない岩石ばかりの荒野と化してしまうのだ。 ルイズはここにティファニアを連れてこないでよかったと思った。こんなとんでもない話を聞かせたら、あの子なら卒倒していたかも しれない。というよりも、こんな事実が公になったらハルケギニアは破滅的なパニックに包まれてしまうに違いない。 だが、なぜその風石の鉱脈が消失したかと尋ねると、エレオノールは「それは私にもまだわからないのよ」と、言葉を濁した。 けれども、才人はここで事件のピースが組みあがっていくのを感じた。 「そうか、町の子供たちが見かけたギラ、いや怪獣は地下の風石鉱脈を食べていたんだ」 「なんですって! 今、なんと言ったの」 才人はエレオノールに、怪獣が地下に潜るのが目撃されていたことを伝えた。すると、エレオノールは明らかに動揺した 様子を見せて言った。 「そ、そう、怪獣を見た人がねえ。でも、子供が見た事だっていうし、見間違いじゃないの?」 「何人もが目撃してますし、その後に恐ろしい叫び声を聞いたという話もありました。なにより、こんなとんでもない事件を 引き起こせるのは怪獣でもなければ無理だと思います」 才人はぴしゃりと言ってのけた。ほかの面々も、これまでに何度も怪獣の起こす怪事件と向き合ってきただけに、才人の 言うことが妥当だろうとうなづいている。 「そ、そう……」 なのに、同等の経験を持つはずのエレオノールだけが納得していない様子で、才人ら一部はどことなく違和感を感じた。 アカデミーでデスクワークをしているうちに勘が鈍ったのか? いや、男性がついていけないくらいに何事にも積極的な エレオノールに限ってそれはない。ならば、なにが……? どことなく居心地の悪い沈黙が場を包んだ。喉に魚の骨が刺さったままのような、吐き出したいけどできない不快な感触。 しかしルイズはそんな悪い空気を吹き払うように陽気な様子で言った。 「もうみんな、なにをそんなに疑った顔をしてるの? エレオノール姉さまはトリステイン一高名な学者でわたしの自慢の 姉さまなのよ。変な目で見たりしたら、このわたしが許さないんだから」 「お、おいルイズ?」 これには才人たち、ほとんどの者が面食らった。エレオノールもだが、ルイズも変になったのか? が、ルイズが凄い目で 睨んでくるため言い出すことができないでいると、エレオノールがルイズに話しかけた。 「まあルイズ、あなたはなんて素晴らしい妹なのかしら。私はあなたを誇りに思うわ!」 「妹が姉の誇りを守るのは当然のことですわ。それよりも、わたしたちもお手伝いいたします。これだけの人数がいるのですわ、 お姉さまの下で手分けして捜せば、たとえ相手が地の底に潜んでいても兆候は見つけられるでしょう。相手も、いずれは 地上に出てこなければいけなくなるでしょうから、正体を見極めて通報すれば軍が討伐隊を出してくれますわ」 「そ、そうね。さすがは私の妹だわ。そうしましょう」 「はい、お姉さま。あら、しゃべったら喉が渇いてしまいました。すみませんが、お茶をもう一杯いただけませんか?」 「ええ、もちろんいいわよ」 エレオノールがティーポッドを持ち、ルイズのカップに紅茶を注いだ。湯気があがり、カップに口をつけたルイズの顔が 白く隠れる。その湯気の影から、薄く開いたとび色の瞳が才人に向けられて、彼ははっとした。 そうか、なるほどルイズそういうことか。ついていけずに呆然としている一行の中で唯一才人だけがなにかを理解した目で、 それを悟られないように伏せていた。他の者は、多かれ少なかれ何かを腹の内に持っていても、はばかってそれを口にすることを ためらって、じっとルイズたちの動向を見守っていた。 結果、一行は数人ずつに分かれて火竜山脈跡を探索することになった。 「よし、各員散って周辺の探索に当たれ。ただし、三時間後に何もなくてもここに戻っていろ。暗くなる前に山を下りないと危ない」 「なにかを見つけた場合の合図はどうしますか?」 「信号用の煙玉を各自持ってるだろう? 扱いは火をつけるだけの簡単な奴だからこれを使えばいい。では、全員散れ!」 ミシェルの号令で、一行はそれぞれバラバラの方向へとクモの子を散らすように飛び出していった。 編成は、基本は銃士隊と水精霊騎士隊がひとりずつ組んで、どの組にも必ずメイジが一人はいるようになっていた。ただし、 才人とルイズは例外で、エレオノールと組んで三人で探索に出ることになった。 散り散りになって岩の荒野の底に潜む怪獣を求めていく戦士たち。先日の金属生命体のときと違い、仲間も武器もない 追い詰められた状態ながらも、自分たちの故郷がこの荒野と同じになるかという瀬戸際なのだ。手段が限られていても 気合の入りようが違う。 「くっそお、人の足の下でこそこそしてるシロアリ野郎め。頭を出したらぶっ叩いてやる」 ハルケギニアの屋台骨をこれ以上食い荒らされてはたまったものではない。しかし、相手がそれほど深い地底を自由に 動けるというのなら先住魔法でも探知はまず不可能で、砂漠で蟻の巣を探すような無謀な行為でしかないと誰もが思うだろう。 しかも、彼らにはそれとは別に心の内に引っかかっていることがあった。 ”まさか、まさかだが、あの人はひょっとしたら……? 万一そうだとしたら、自分たちはとんでもないミスを犯したのではないだろうか” 誰もが胸の奥から鳴り響いてくる警鐘に、多かれ少なかれ悩まされていた。しかし、思ってはいても口に出せない事柄というものは 存在する。裸の王様がいい例ではあるが、言い出しそこねたという後悔の念は時間が過ぎていくにつれて強くなっていった。 火竜山脈跡は平坦になったとはいえ、家ほどもある岩石がゴロゴロしていて、少し離れると別の組の姿はすぐに見えなくなった。 岩の間には風が流れて反響しあい、声を出しても遠くに響く前にかき消されてしまう。これでは、もしなにか起きたとしても誰にも 気づかれないのではないだろうか? 本能的にそんな不安が胸中をよぎり、ミシェルと同行していたルクシャナがぽつりと言った。 「ねえ、あなた。わたしたち、こんなことしてていいのかしらね?」 「どういう意味だ?」 「とぼけないでよ。あなただって当に感ずいてるんでしょう? わたしだって、言えるものならさっき言い出したかったんだけど、 確証もなしにそんなことを言ったら不和と疑心暗鬼を招くことくらいわたしだって承知してるわ。なにより、言い出して外れてたとき、 大恥をかくのはわたしなのよ!」 一気にまくしたてたルクシャナの顔には、不満といらだちが満ち溢れていた。学者の彼女にとって、言いたいことを飲み込まなくては ならない我慢がどれだけ耐え難いものかは、短からず彼女と付き合ってきたミシェルには十分理解できた。 「気持ちはわかる。わたしとて、途中から少なからぬ疑惑を抱いてはいた。しかし、確たる証拠もなしに友人を侮辱するような 真似はできない。あるいは、それを計算していたとしたら相当悪質ではあるな」 「わかってる割には落ち着いてるじゃない。もしかしたら、袋のネズミにされてるのはこっちかもしれないのよ? よくまあ 平然とした顔でいられるわね。ほんとにわかってるの? 今、一番危ないのは、あんたの惚れた男なのよ」 「恥ずかしいことを大声で言うな。わかっているさ、そしてわたしやお前にわかっていることなら、大方あのふたりもとっくに わかっているはずだ。必ずやってくれるさ、あいつらならな」 ミシェルはそれで話を打ち切った。ルクシャナは呆れた顔で、「あんなとぼけた顔のぼうやのどこがいいのかしらねえ? まあアリィーもそんなに差があるわけじゃないかな」と、あきらめたようにつぶやいていた。 彼女たちの胸中を悩ます不安要素。それは放置すれば、ガン細胞のように取り返しのつかないことになるのは わかっていたが、誰にも手術に踏み切る物的証拠がなかった。 ただし、一方でそうは思っていない者たちもいた。エレオノールに着いていった、才人とルイズのふたりがそれである。 三人は、ほかの一行と分かれた後で、特に当てもなく前へ進んでいた。ギラドラスがどこに出現するかは予知できないので、 エレオノールの土メイジとしての直感と、目と耳だけが頼りのあてずっぽうである。と、表向きはなっていた。 歩くこと数十分、もう他の組とは大きく距離を離れ、なにかがあったとしても他の組が駆けつけてくるには十分以上は かかってしまうであろう。そこを、エレオノールを先頭に三人は歩いていたが、ふいにルイズが話し掛けた。 「ねえ、エレオノールおねえさま、どうしてさっきから黙ってらっしゃるんですか? いつもなら、貴族としてのありさまがどうとか、 歩きながらでもお説教なさるくせに」 「そ、それは、あなたも立ち振る舞いが優雅になってきたから必要ないと思ったからよ。う、うん! 立派になったわね」 明らかに動揺していた。ルイズは、口だけは「ありがとうございます。お姉さまにお褒めいただけるなんてうれしいですわ」 などと陽気に言っているが、目だけはまったく笑っていなかった。 「ところで、この間のお手紙に書いてあった、新しいご婚約者の方とはうまくいってますの?」 「え、ええ! それはもちろんよ。待っててね、結婚式には必ず招待するからね」 にこやかにエレオノールは言い、ルイズと才人は笑い返した。 しかしこの瞬間、ふたりは最後の決意を固めていた。エレオノールの視線が外れると、ふたりは目配せしあって懐に手を入れた。 やがて、もうしばらく進むと、ひときわ大きな岩が壁のように聳え立っている場所に出た。 「これはまた、でかい岩だな」 高さはざっと十メートルほど、それが垂直にそびえ立っていて、少しくらい運動ができる程度で乗り越えられるものではなかった。 魔法が使えれば楽に飛び越えられるが、虚無一辺倒でコモンマジックも十全に扱えないルイズにはフライも使えないし、 テレポートをこんなことのために乱用するのはもったいなさすぎた。 すると、エレオノールが岩の上にひらりと飛び乗った。 「あなたたちは飛べないのよね。さあ、引っ張り上げてあげるからロープを掴みなさい」 岩の上から下ろされたロープが才人とルイズの前でゆらゆらと揺れる。その頂上ではエレオノールがにこやかな顔をしながら 二人がロープを掴むのを待っていた。 しかし、ふたりはどちらもロープに手を伸ばすことはせずにエレオノールを見上げると、ルイズは強い口調で言い放った。 「そして、引き上げかけたところでロープを離せば、まずは邪魔者ふたりを始末できるというわけかしら? ニセモノさん!」 「なっ、なに!」 エレオノールの顔が驚愕に歪んだ。そしてふたりは追い討ちをかけるように言い放つ。 「バーカ、とっくの昔にバレてるんだよ。まんまと騙せてると思って、演技してるお前の姿はお笑いだったぜ!」 「エレオノールおねえさまに婚約者なんてできるわけないのよ。ボロが出るのを恐れて話を合わせたのが運のつきだったわね」 「おっ、おのれえっ。騙したなあっ!」 逆上した顔だけは本物にそっくりだなとルイズは笑った。が、猿芝居に付き合ってやるのもここまでだ。 「さあ、とっとと正体を現したらどう? 地下の怪獣を操ってるのもあんたなんでしょう!」 「人間の分際で、バカにしやがって! いいだろう。こんな窮屈な姿はこれまでだ!」 そう吐き捨てると、エレオノールのニセモノは懐から銀色をした金属製のプレートのようなものを取り出して左胸に当てた。 瞬間、白煙が足元から吹き上がって姿を隠す。そして煙の中から全身が金と銀色の怪人が現れた。 「俺様は、暗黒星雲の使者、シャプレー星人だ!」 ついに本性を表したニセエレオノール。その正体は、本物とは似ても似つかない銀のマスクののっぺらぼうであった。 暗黒星人シャプレー星人。その記録は才人の知るドキュメントUGにもあり、当時は地質学者の助手に化けて暗躍し、 地球のウルトニウムを強奪しようとしていた、宇宙の姑息なこそ泥だ。 「やっぱりお前だったかシャプレー星人! ハルケギニア中の風石を奪ってどうするつもりだ!」 才人が怒鳴ると、シャプレー星人は肩を揺らしながら答えた。 「フハハハハ! 貴様ら人間どもはそんなこともわからんのか。貴様らが風石と呼ぶ、この鉱石は宇宙でも極めて珍しいくらいに、 反重力エネルギーを大量に蓄積した代物だ。人間どもはおろかにも、これほどの資源を風船のようにしか使えておらんが、 効率よく加工精錬すれば強大なエネルギー資源になりうるのだ。それこそ、兵器利用のために欲しがる宇宙人はいくらでもいるわ!」 「風石を、侵略兵器に悪用しようっていうのか。ゆるさねぇ! それもヤプールの差し金か?」 「フン! ヤプールはいまごろボロボロになった自分の戦力のことで手一杯だろうよ。俺は最初から、あんなやつの下っ端で 働くなんてまっぴらだったんだ。風石をいただくだけいただいて残りカスになったら、こーんな最低な星にはなんの未練もないわ」 なるほど、つまりヤプールの支配力が衰えた隙を狙って動き出した雇われ星人ということかと才人は察した。ヤプールは、 独自の配下として複数の宇宙人を従えているが、それだけでは限りがあるので、直接的に隷属させてはいないがかなりの 宇宙人に声をかけ、誘惑して利用しているのは前からわかっていた。 しかし、いったんヤプールの支配が弱まってしまえば、無法者たちは一気に好き勝手に暴れだす。 「どうりで、前に地球に現れた奴に比べたら頭が悪いと思ったぜ」 「なに!? そうか、お前がヤプールの言っていた地球から来た小僧か。これはちょうどいい、一番の邪魔者がのこのこ自分から やってきてくれるとはな。まずはお前から血祭りにあげてやる」 開き直ったかと才人は思った。やはり同族の宇宙人といえども、性格はメフィラス星人の例にもあるとおり差はあるようだ。 地球に現れた個体は計算高く、偶然が味方してくれなければ正体を突き止めることすら難しかったくらい周到に暗躍していたが、 こいつはヤプールの口車に乗るだけあって浅慮で詰めの甘いところが目立った。 こんなやつがエレオノールお姉さまに化けてたなんて。決して仲がいいとは言える姉ではなくとも、ルイズも忌々しそうに言った。 「ハイエナのくせに偉そうにしてくれるじゃない。よくもエレオノールお姉さまの顔を騙ってくれたわね。本物のお姉さまはどうしたの?」 「別にどうもしないさ。トリステインで、学者どもが飛び回っているといったろう? あれは嘘でもなんでもない。当然、本物も 毎日のようにあちらこちらを飛び回ってどこにいるかわからん。つまり、同じ人間がふたりいても、まず気づかれはしないということさ」 「お姉さまの多忙さを利用したってわけね。確かに、それなら本物が忙しく飛び回ってくれてたほうがニセモノも大手を振って 歩き回れるわけ。なるほど、本物のエレオノールお姉さまが聞いたら激怒するでしょうけど、そうやって人々の目を欺きながら 自由に怪獣を操っていたのね。ハルケギニアから盗み出した風石は返してもらうわよ!」 するとシャプレー星人は愉快そうに笑った。 「ハハハ! 残念だったなあ。すでに地下の風石の半分以上はこの星の外に運び出しているのだ。いまごろ気づいたところで 取り返せやしないんだよ。ざまあみろ!」 「なんですって! それじゃあ、ハルケギニアの地殻は!」 「今のところはかろうじて安定しているが、それも時間の問題だな。あと少し採掘すれば、地殻は一気に崩壊し、少なくとも 大陸全土がこの山のように沈んでしまうのは間違いないなあ」 才人とルイズは戦慄した。ハルケギニアが根こそぎ地の底へと沈んでしまう? 絶対に、これ以上の採掘は阻止しなくてはならない。 ルイズは杖をシャプレー星人に向けて言い放った。 「エレオノールお姉さまを侮辱してくれた報いは妹の私がくれてやるわ。悪いけど、優しくしてもらえると思わないでね」 「チィ、まさか妹がやってくるとは想定外だったぜ。しかし、俺の変身は完璧だったはず、どこで気づいた?」 「ふっ、確かに姿だけは完璧だったわ。でもね、あんたは内面のリサーチが足りてないのよ。おしとやかなエレオノール お姉さまなんて菜食主義のドラゴンみたいなものよ。そして、あんたは決定的なミスを犯したわ。それは……」 そこでルイズは一呼吸起き、思いっきり胸をそらして得意げに言った。 「本物のエレオノールお姉さまはねぇ、絶対わたしにお茶なんか出してくれないのよ! あっはっはっはっは! ん? サイト、 なんでコケてんのよ?」 「虐待されとることを自慢すな、アホッ!」 まさにあの姉にしてこの妹ありだった。神経の太さは並ではないと、才人はずっコケながらほとほと思うのである。 よりにもよってエレオノールに化けたのが本当に運のつき、この規格外れの姉妹にそう簡単に入り込めるはずがない。 シャプレー星人は唖然とし、次いで激怒して叫んだ。 「貴様ふざけやがって! 覚悟しろ!」 「覚悟するのはあんたのほうよ! あんたを倒して大陥没を止める」 「ここで死ぬ貴様らには無理だ!」 シャプレー星人は光線銃を取り出して、才人たちも迎え撃つべく武器をとる。 交差するシャプレーガンとガッツブラスターの光弾。しかし双方とも発射と同時にその場を飛びのき、外れた弾が岩に 当たって火花を散らした。 「外れた!?」 「避けおったか、しゃらくさい!」 どちらも銃撃を連射するが、十メートルもある岩盤の上と下なので当たりずらい。だが、ならば互角かといえば、才人の ほうはエネルギーの関係で実弾練習がほとんどできなかっただけ分が悪い。 しかも、シャプレー星人は光線銃だけでなく、草食昆虫のような口を開いて、そこからも光弾を放ってきたのだ。 「ちくしょう! 手数が違いすぎる」 雨あられと降り注ぐ光弾に、才人は避けるだけで精一杯だった。シャプレー星人はさらに調子に乗り、池のカエルに 石を投げるように銃撃を加えた。 「ウワッハッハッハ、逃げろ逃げろ、虫けらめ! ヌ? ヌワァッ!」 突如、爆発が起こってシャプレー星人を吹き飛ばした。半身を焦がした星人の目に映ったのは、杖の先をまっすぐに 向けて睨みつけてくるルイズだった。 「サイトにばかり気をとられてるからよ。まだエクスプロージョンを撃てるほど回復してないけど、あんたに町や村を 壊された人たちの痛みを少しは知りなさい」 不完全版エクスプロージョンの威力は必殺とはいかなかったが、不意をつくには十分だった。なにせ、なにもない ところが突然爆発するのだから回避は大変難しい。シャプレー星人は、この星のメイジが使う魔法は系統はどうあれ、 おおむね飛んでくるものとばかり思い込んでいたから、銃を持っている才人を先に狙ってルイズを後回しにと判断したのが 見事に裏目に出た。 才人も体勢を立て直して、ガッツブラスターからエネルギー切れのパックを取り出して新品を装填した。 「ナイスだぜルイズ! よーし、あいつの弱点は目だ。目を狙え」 「目ってどこよ!?」 とのやり取りがありながらも、星人の鎧を着込んでいるような体はよく打撃に耐えた。しかし、体は耐えられても ダメージを受けたシャプレー星人は逃げられない。 「お、おのれぇ。ならば、また貴様の姉の姿になってやる。これで攻撃できまい」 「あんたバカぁ? むしろ日ごろの恨み!」 ニセモノだとわかっているから、遠慮会釈のない爆裂の嵐が吹き荒れる。そのときのルイズの気持ちよさそうな顔ときたら、 いったいどれだけ恨みつらみが重なってるんだよと才人が心配するほどであった。 変身を維持できなくなってボロボロのシャプレー星人に、才人は介錯とばかりに銃口を向けた。 「これでとどめだ!」 「まっ、待て。お前の、影を見……」 「その手品は種が割れてんだよ! くたばりやがれ!」 悪あがきも通じず、銃撃と爆発が同時に叩き込まれた。その複合攻撃の威力には、さしものシャプレー星人の頑丈な体も 耐えられず、星人は炎上しながら岸壁を墜落していった。 「くっそぉぉーっ! 俺がこんなやつらに。ギラドラース! 俺の恨みぉぉぉ!」 地面にぶつかり、シャプレー星人は四散した。 だが、星人の断末魔と共に大地が激震し、地底から凶暴な叫び声が響いてくる。 「出てきやがるぞ。あとは、こいつさえ倒せばハルケギニアは沈まずに助かる! ルイズ」 「ええ、仕上げにいきましょう」 「ウルトラ・ターッチ!!」 岩の嵐を吹き飛ばし、ウルトラマンAが大地に降り立った。 続いて、猛烈な地震を伴いながら、赤く輝く角を振りかざして核怪獣ギラドラスが地底から現れた。 来たな! エースは前方百メートルほどに出現したギラドラスへ向かって構えをとった。四足獣型の体格でありながら 前足のない独特のスタイル。黒色のヤスリのようなザラザラした肌、背中にも明滅する赤い結晶体。間違いなく奴だ。 睨みあうエースとギラドラス。両者の巨体とギラドラスの叫び声が、遠方にいる仲間たちも呼んだ。 「ウルトラマンだ! 怪獣と戦ってるぞ」 「あっちはサイトたちが行った方向じゃないか。よし、助けにいこう」 全員がいっせいに同じ方向へと急いだ。全部のペアにメイジが含まれているので、フライの魔法を使って飛ぶ速さは 岩だらけの中を走るより断然速い。 しかし、彼らが才人たちのもとへ急ごうと飛び立って間もなく、ギラドラスが空に向かって大きく吼えた。次いで角と 背中の結晶体が強く発光すると、突如として暴風が吹き荒れて、降るはずのない雪が猛烈な吹雪となって荒れ狂いはじめた。 「うわあっ! なんだ急に天気が!」 「吹き飛ばされる! みんな、下りて岩陰に避難するんだ」 ブリザードが周囲を覆い、エースとギラドラス以外は身動きがとれない状況になってしまった。 この異常気象、もちろん自然のものではない。才人はすでに、ギラドラスの仕業に気づいていた。 〔あいつは天候を自由に操る能力があるんだ。くそ、あんなのをほっておいたら沈まなくてもハルケギニアはめちゃめちゃに されてしまうぞ!〕 聞きしに勝る強烈さ、ギラドラスは地底に潜れば地震に陥没、地上に出てくれば大嵐を引き起こす、災害の塊のような 奴なのだ。こんなぶっそうな怪獣をほっておいたら、寒波、豪雪、干ばつ、台風、人間の住める世界ではなくなる。なんとしても、 こいつはここで倒さなくてはいけない。 「シュワッ!」 吹雪の中で、エースはギラドラスに挑みかかっていく。キックがギラドラスのあごを打ち、噛み付いてきたところをかわして 脳天にチョップからの連続攻撃を当てていく。 〔こないだのときと違って、体力はいっぱいよ。ぜったい負けやしないんだから〕 〔だけど、この寒さじゃ長くはもたないぞ。それに、下のみんなが凍死しちまう!〕 〔ええ、不利になる前に一気に決めたほうがよさそうね〕 ウルトラ戦士は強靭な肉体を持つが寒さには弱い。猛吹雪の中、太陽光もさえぎられたここは最悪のフィールドだといえる。 過去、エースも雪男超獣フブギララや雪だるま超獣スノギランとの戦いでは寒さに苦しめられている。いくらエネルギー満タンの 状態でも、長期戦には耐えられないのはエースも当然承知していた。 〔悪いが、一気に勝負を決めさせてもらうぞ!〕 苦い経験を何回も繰り返すつもりはない。エースはギラドラスの背中に馬乗りになり、パンチを連打してダメージを蓄積させていった。 が、ギラドラスも黙ってやられるつもりはむろんない。太く長い尻尾を振るってエースを振り落とし、雄たけびをあげて頭から 体当たりを仕掛けてきた。 「ヘヤアッ!」 エースはギラドラスの突進に対して、とっさに敵の頭の角を掴むと、突進の勢いをそのまま利用して投げを打った。 巨体が一瞬浮き上がり、次の瞬間ギラドラスは背中から雪をかむった岩の中に叩きつけられる。 〔どうだっ!〕 こいつは効いたはずだ。才人も混じって受けた水精霊騎士隊の格闘訓練での、銃士隊員のひとりから投げ技を 受けたときには、呼吸ができなくなって本当に死ぬかと思った。ルイズも昔、いたずらしたおしおきでカリーヌに竜巻で空に 舞い上げられて落とされた痛みが、寒気といっしょに蘇ってきた。 案の定、ギラドラスは大きなダメージを受けてもだえている。しかし、なおも角を光らせて天候を荒れ狂わせて攻めてきた。 吹雪がさらに強烈になり、エースの体が霜に染まって凍りつき始めた。 〔ぐううっ! なんて寒さだ〕 すでに気温は氷点下数十度と下がっているだろう。それに加えて台風並の強風が、あらゆるものから熱を奪っていく。 エースはまだ耐えられる。しかし、ろくな防寒装備もない下の人間たちはとても耐えられない。 「ギ、ギーシュ、ま、まぶたが凍って開か、な……」 「レイナール! 目を開けろ。寝たら死ぬぞぉ!」 「ミ、ミス・ルクシャナ、もっと風を防げないのか?」 「無茶言わないでよ副長さん! わたしたちだって必死にやってるのよ。今、この大気の防壁の外に出たら、あっという間に 氷の彫像になっちゃうわよ」 もうほとんどの者が手足の感覚がなかった。あと数分もすれば凍傷が始まって、やがては低体温症で死にいたる。 もはや、一刻の猶予もない! エースは自身も白く染まっていく身に残った力を振り絞り、ギラドラスへ最後の攻撃を仕掛けていった。 「ヌオオオオォォォォッ!!」 体当たりと噛み付きを仕掛けてくるギラドラスの攻撃をいなし、首元に一撃を加えて動きを止める。 〔いまだ!〕 チャンスはこの一瞬! エースはギラドラスの腹の下から巨体を持ち上げる。高々と頭上に掲げ、全力で空へと投げ捨てた。 「テヤァァァッ!」 放り投げられ、空高く昇っていくギラドラス。エースはありったけのエネルギーを光に変えて、L字に組んだ腕から解き放った。 『メタリウム光線!』 光芒が直撃し、膨大な熱量はギラドラスの肉体そのものをも蒸発させ、瞬時に千の破片へと爆砕させた。 閃光と、それに続いて真っ赤な炎が天を焦がす。爆音にギラドラスの断末魔が混じっていたか、それもわからないほどの 衝撃波が大地をなでて積雪を吹き飛ばしていくと、次の瞬間、空一面を青い幻想的な輝きが覆った。 「おおっ」 「すごい、きれい……」 空一面に、星のように小さな無数の光が舞っていた。皆は、寒さに凍えていたことも忘れてその光景に心を奪われた。 青と銀色のコントラストはどこまでも美しく透き通っていて、まるでオーロラを砕いて散りばめたようである。 いったい、この空を覆う星雲のような輝きはなんなのか? エースにもわからないが、邪悪な気は感じないので見つめていると、 ルクシャナがはっとしたように叫んだ。 「これ、風石だわ! 風石のかけらなのよ!」 そう、ギラドラスが体内に蓄えていた大量の風石が、爆発のショックで細かな破片となって飛散したのが、この光景の正体だった。 風石は精霊の力が形となったといわれているだけあって、いつまでも舞い降りてくることなく空にあり続け、やがて自然界の 秩序を守る精霊の意思を受け継いでいるかのように次なる奇跡を起こした。ギラドラスの巻き起こした嵐の雲に、風石の破片雲が 接触すると、まるで悪の力を相殺するかのように黒雲を消し去ってしまったのである。 「おお! 嵐がやんでいくぜ」 「あったかくなってきたわ。これで凍死しないですむわよ。やったあ!」 天候が急速に回復していき、皆から喜びの声があふれた。いまだ空は虫の群れに覆われており、本物の空は見えないが 一応の平穏が戻った。 風石の見せてくれた神秘の力。しかしこれも、元を辿ればハルケギニアの自然が長い年月をかけて作り出したものなのだ。 決して宇宙人のいいようにされていいものではない。資源を欲にまかせて掘り返し続けて、大地を枯らせてしまった後には 何も残りはしないのだ。 シャプレー星人の邪悪な陰謀は打ち砕かれた。エースは空へと飛び立ち、風と共に戦いは終結を告げる。 「ショワッチ!」 これで、ハルケギニアの土地がこれ以上沈降することはないはずだ。火竜山脈はもう元には戻らないが、ギリギリ被害を 最小限に抑えられたと思っていいだろう。 才人とルイズは皆と合流すると、事の顛末をまとめて報告した。 「なるほど、やっぱりあのミス・エレオノールはニセモノだったのか。しかし、我々も怪しいとは思ったが、あまりにも怪しすぎて 手を出せなかった。まんまと罠にはめるとは、さすがだなルイズは」 「うふふ、まあねえ」 ほめられて、鼻高々なルイズであった。才人は、まあ少し呆れながらも、今回はルイズの功績が大だったので、文句も 言わずに見守っている。 「まったく、褒められるとすーぐ頭に乗るんだからなあ。けど、今回はルイズを敵に回すと恐ろしいってのがよくわかったよ。 シャプレー星人も化けた相手が悪かったとはいえ、ちょっと同情するぜ」 「聞こえてるわよサイト。でもま、今日は気分がいいから大目にみてあげるわ。でも、ヤプールが眠っていても安心できる わけじゃないってのもわかったわね」 「ああ、これから先もなにが起こるか、油断は禁物だな」 ヤプールの統率を離れて勝手に動く宇宙人もいる。災いの芽は、どこに隠れているかわからない。 そう、地球に勝るとも劣らない美しいこの星は、常に狙われているのだ。 いかなる理由があろうとも、侵略は絶対に許されない。しかし、平和は黙っていても守れるものではない。強い意志で、 痛みに耐えてでも悪と戦いぬいてやっと維持できる危うく儚いものだということを忘れたとき、人々の幸せは簡単に 踏みにじられてしまう。 今回の事件は、そのことを思い出すいい機会だった。なにせ、誰もあって当たり前と思っていた地面をなくそうとしていた 敵まで現れたのだ。侵略者は、人間のありとあらゆる油断をついて攻めてくる。絶対に安全なんてものはないんだということを、 みんながあらためて思い知った。 そして、今この世界は何者かの手によって闇に閉ざされ、滅びの道を歩んでいる。ハルケギニアに住む者として、 この脅威を見過ごすことは断じてできない。 「さあ、これでこの事件は片付いたわ。町に帰りましょう、きっとテファが心配してるわよ」 「おおーっ!」 思わぬ足止めを食ったが、もう大丈夫だ。町の人たちも、早く帰って安心させてあげないといけない。 一行は、意気揚々と町への帰路についた。 が、彼らの心はすでにここにはない。前途をふさいでいた難題が解消した今、行くべき道はひとつしかないのだ。 「今日はゆっくり休んで、明日には国境を越えましょう。幸い、山越えはしないですむみたいだしね」 異変の元凶がある南の地。そこになにが待ち受けているとしても、引き返すという選択肢は誰の心にもない。 目指すロマリアは、もはや目前へと迫っている。 そこで待つ運命の指針は、まだ正義にも悪にも、振れることを決めかねているようであった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔